3音目 お嬢様ギタリスト
放課後のメタル部部室は、
昨日までの静寂が嘘のように、暴力的なまでの生気に満ちていた。
ユキはドラムセットのスツールに腰を下ろし、スティックを指先で弄ぶ。
「じゃあ、合わせるぞ。――『Black Geometry』」
ユウナが愛機フライングVを構え、琴音はマイクの前で小刻みに震えながらも、その視線は鋭く前を見据えていた。
「は、はいっ……!」
ユキのカウントが響く。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
爆発。
その一言に尽きた。
ユキの叩き出すビートは、正確無比なメトロノームでありながら、重戦車のような重圧で空気を押し潰す。
ユウナのギターが鋭利な刃物のように空間を切り裂き、
琴音のハスキーな声が、その傷口を熱く焦がしていく。
部室の壁が、アンプの振動で悲鳴を上げていた
。
それはもはや単なる騒音ではなく、一つの意志を持った「熱」だった。
「はぁ、はぁ……っ! ユキ先輩、すごいです。ドラムまで叩けるなんて……」
琴音が肩で息をしながら、畏怖の混じった視線を向ける。ユキはスティックを回し、無造作に答えた。
「……必要ならベースもやる。俺の書く曲を形にできる奴がいれば、楽器は何だっていい」
ユウナが目を輝かせる。
「ユキ先輩、本当に天才です……!」
その言葉にユキは視線を逸らした。
天才などではない。
ただ、理想の音が頭から離れないだけだ。
その時だった。
廊下から、規則正しいヒールの音が近づいてくる。
迷いのない、冷徹な響き。
扉が、まるで舞台の幕が開くように静かに、けれど圧倒的な優雅さで開かれた。
「……何ですの、この品のない音」
現れたのは、金髪の縦ロールを揺らした少女だった。悪役令嬢のような。
仕立ての良い制服を完璧に着こなし、その手には、雪のような白さを湛えたESPホライゾン。
「お、お嬢様……?」
ユウナが呆気に取られたように呟く。
少女は部室の埃っぽさに眉を顰め、鼻で笑った。
「あなたたち、今の……フラクタルクイーンの『Black Geometry』よね? 運指が甘いわ。特にソロの三連連符、ピッキングが追いついていない」
ユキは眉を上げた。
「……知ってるのか」
「当然ですわ。わたくし、あのバンドの美学を愛しておりますもの。昨日たまたまこちらで音漏れを耳にしたので、気になっておりましたの。」
少女はホライゾンを軽く持ち上げ、
アンプのジャックに迷いなくプラグを差し込んだ。
「少し……混ざってあげてもよろしくて? 本物の『音』というものを教えて差し上げますわ」
ユキはニヤリと笑った。
「……いいぜ。合わせてみろよ」
彼女が弦を弾いた瞬間、部室の温度が数度下がったような錯覚に陥った。
音が、違う。
ただ上手いのではない。音が「重い」のだ。
一音一音の芯が太く、それでいて稲妻のような速さで空間を突き抜ける。
ユウナが息を呑む。「……すご……」
「わたくしがリードを弾きますわ。ついてきなさい」
レイラの涼しい声に応え、ユキはスティックを握り直した。
「……行くぞ」
セッションが再開される。
レイラのギターは、白い閃光だった。
彼女の指が指板を踊るたび、部室には火花が散るような衝撃が走る。
ユウナは必死に食らいつき、琴音はその圧倒的な音圧に背中を押されるように、これまでで最高の咆哮を上げた。
ユキは二人のギターの「間」を読み、その隙間を埋めるようにドラムを叩き込む。
部室の空気が、震えを通り越して「発火」しそうだった。
曲が終わった瞬間、
静寂がこれほどまでに重く感じられたことはなかった。
レイラは髪を優雅に払い、平然と言い放った。
「まあまあね。あなたたち、不合格ではないわ」
「レイラさん……すごいです! あの、メタル部に――」
ユウナが身を乗り出す。
だが、レイラはホライゾンをケースにしまいながら、氷のような笑みを浮かべた。
「お断りしますわ。音楽は……わたくしにとって、ただの気晴らし。本気でやるつもりはありませんの。昨日こちらから大好きな曲の音漏れが聞こえてきたもので、今日はわざわざギターを持参して参りましたの。それだけですのよ。」
ユキは眉をひそめた。「……もったいねぇな」
「あなたたちの音は嫌いじゃないわ。でも……わたくしには、事情がありますの」
そう言って、彼女は一度も振り返ることなく部室を去っていった。
残された三人の間に、重い沈黙が流れる。
だが、ユキの目は獲物を見つけた猛獣のように光っていた。
(……あいつの音、ただの『気晴らし』じゃない。何かに飢えてる音だ)
「……ユキ先輩……?」
ユウナが不安そうに呼ぶ。ユキはスティックを放り投げ、力強く断じた。
「……あいつは、絶対必要だ。いつか必ず、俺たちのステージに引っ張り出す




