27音目 2人の魔女
聖地・SLASHの熱狂
11月頭。ツアーの最終地点、東京・渋谷『SLASH』。
「お帰り、リリー!」「待ってたぞ!」
フロアを埋め尽くす常連たちの怒号に近い歓声。
1ヶ月の遠征を経て戻ってきた彼女たちを待っていたのは、以前よりも数段ギアの上がった「戦場」だった。
照明の下、見慣れた鉄錆の匂いとコンクリートの壁が、彼女たちの帰還を祝福するように激しく振動している。
トリ前。
Fractal Lilyの演奏が始まった。
1曲目から、ユウナとレイラのアンサンブルはツアーで鍛え上げられた「殺意」を帯び、琴音のハスキーシャウトは天井を突き抜けて渋谷の夜空へと消えていく。
その喧騒の最中、フロアの最後方。
逆光の中に、場違いなほど洗練されたスーツ姿の女性が立っていた。
アゼリアのサキだ。彼女は微動だにせず、腕を組んだまま、ステージ上の5人を――特にその中心で吠える琴音を、冷徹な捕食者の目で見つめていた。
さらに、関係者席の暗がりには、別の影。
「……ふーん。少しは見られるようになったじゃない」
フィリアのアイリが、退屈そうに爪を弄りながら呟く。
しかし、その隣でギタリストのカノンは、一言も発さずユウナの運指を凝視していた。
彼女たちの「完璧な王国」を脅かす不純物。
アイドルの皮を被った選民思想の塊であるフィリアにとって、この泥臭いメタルは、最も排除すべき「ノイズ」だった。
狂乱のトリ、MADの制圧
「……よし、お前ら。SLASHのトドメ、刺しに行くぞ」
ゼットの低い声と共に、トリのMADがステージを爆砕した。
重低音の壁。
ジンの5弦ベースがフロアの肺を圧迫し、ネオのノイズが理性を焼き切る。
「飛べッ!!!」
ゼットの咆哮に応え、観客たちが次々とダイブを敢行する。
モッシュピットは巨大な渦となり、SLASHは文字通り、制御不能な熱狂の坩堝と化した。
楽屋の宣戦布告
完璧なライブが終わり、心地よい疲労感に包まれる楽屋。
そこに、ガムを噛みながら神崎が歩み寄った。
彼女はいつになく真剣な表情で、ユキの前に立った。
「……ユキ。そしてリリーの全員。改めて、ウチ(MM2)と正式にインディーズ契約を結ばない? あんたたちの『熱』は、ウチが世界に証明してやるわ」
熱い勧誘。
メンバーたちが顔を見合わせたその時、楽屋のドアが音もなく開いた。
「――話の途中に失礼。低俗な『熱量』だけで、この子たちの才能を浪費させるのはお門違いだわ」
現れたのは、サキだった。
彼女は神崎を無視し、ユキの目の前に一枚の名刺を差し出した。
「アゼリアのサキよ。うちと契約しなさい。宣伝費、メディア展開、箱の押さえ方……。弱小のMM2とは比較にならないステージを用意してあげるわ」
「……サキ。あんた、どの面下げて出てきてんのよ」
神崎がガムを吐き捨て、サキを睨みつける。
「あら、ビジネスに感情は不要よ。神崎さん」
二人の女マネージャーの間に、激しい火花が散る。
その異常な緊張感に、ユウナや琴音たちは驚きで身体を震わせ、立ち尽くすことしかできなかった。
しかし、差し出された白銀の名刺を手に取ったユキだけは、別の場所に目を向けていた。
「アゼリア……」
ユキの指が、名刺に刻まれたロゴの上で止まる。
「……かつて、**『フラクタルクイーン』**を抱えていた事務所か……」
宿命の歯車が、最悪の形で噛み合い始めた。
灼熱の冬の音がバラバラと音をたて近づいてきている。




