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26音目 猛獣の檻



ライブハウス『リング』の空気は、開演と同時に沸点に達した。

立ち込めるヤニの煙と、男たちの熱気。

そこにあるのは「洗練」とは無縁の、剥き出しの生存競争だった。


一発目。地元・大阪の**『通天閣デスラップ』**がステージに上がる。


「おらぁ! 東京のお嬢ちゃんら、耳の穴かっぽじって聴いとけや!」


Voのケンジがマイクを叩きつけるように叫ぶと、暴動のような爆音がフロアを襲った。重機が壁を破壊するような無骨なビート。


「ガハハ! これや、これがリングの音や!」

「お嬢ちゃんら、ビビってチビんなよ!」


最前列の屈強な男たちが、ステージに向かって中指を立て、汗を飛び散らせながら身体をぶつけ合う。



二発目、MADが登場した瞬間、空気が「色」を変えた。

ネオが放つ不穏なデジタルノイズがスピーカーを震わせ、ジンの5弦ベースが地響きを立てる。


「……なんや、この音。ただのチャラい音楽や思たら、えらい重いな」


腕を組んで見ていた地元の古参客が、思わず眉をひそめる。

ゼットがステージ前方へ飛び出し、ドレッドヘアを振り乱してライムを叩きつけると、フロアは一気にミクスチャーの渦に飲み込まれた。


「大阪! 踊りに来たんだろ? 牙を剥けよ!」


ユーカの重戦車のようなドラムが、パンクスたちの心臓を正確に撃ち抜いていく。

演奏が終わる頃には、冷ややかだった観客の半分が、拳を突き上げ「MAD! MAD!」と叫んでいた。



そして、三発目。静寂の中に、凛のツーバスが空気を爆砕して響き渡った。


Fractal Lily。彼女たちが鳴らしたのは、大阪の連中が想像していた「女子バンド」の音ではなかった。


琴音がマイクスタンドを握りしめ、肺を絞り出すようなハスキーかつ超高音のシャウトを放つ。その鋭さは、ヤニ臭い地下室の空気を一瞬で切り裂いた。


「……っ!? なんや……このボーカル、えぐいな」

「ギターのあの子、指どうなってんねん。早すぎて見えへんぞ!」


レイラの流麗なタッピングと、ユウナの殺意すら感じるダウンピッキングが絡み合い、緻密かつ暴力的な「鋼鉄の壁」を構築していく。


袖では、ユキと神崎が腕を組み、微動だにせずステージを凝視していた。


一方で、フロアの後方では百合先生が、どこから調達したのか大ジョッキのビールを片手に、完全に「出来上がった」状態で満足げにリズムを刻んでいる。


演奏が中盤に差し掛かる頃、フロアの男たちの目は、もはや蔑みではなく「戦慄」に変わっていた。


「……おい。これ、本物のメタルやんけ」

「女子とか関係ないわ。この音、魂削って出しとる……!」


最後の一音が静寂に溶けた瞬間、リングの床が抜けるような怒号と拍手が巻き起こった。彼女たちは、大阪の誇り高きラウドシーンを、その音の力だけで完全に「黙らせた」のだ。



熱狂の余韻を背に、メンバーがステージを降りる。

汗で髪を貼りつかせ、ホライゾン(V字ギター)を肩に担いだレイラが、袖で待機していた次番の地元バンド――『アイアン・タイガー』の面々の前で足を止めた。

レイラは優雅に首を傾げ、口角を吊り上げて微笑む。


「あら……お次の方々、そんなに青いお顔をなさって、いかがなさいましたの?」


挑発的な黄金色の瞳が、大柄な男たちを見下ろす。


「私たちが温めて差し上げましたのよ、このステージ。せっかくですから、その『大阪の意地』とやらを、私たちに拝ませてくださるかしら? ……まあ、期待はしておりませんけれど」


「……っ、このガキ……!」

男たちの顔に朱が走る。


レイラはフフッと高笑いを残し、悠然とした足取りで楽屋へと消えていった。




ライブが終わり


浪速の夜、魂の混ざり合い


心斎橋の喧騒を抜け、新世界の裏通りにある大衆居酒屋。30人以上のバンドマンたちがひしめき合う店内は、揚げたての串カツの香りと、勝利の熱気に包まれていた。


「おらぁ! 遠慮せんと食え! 東京のもんには負けへんけど、お前らの音には負けたわ!」


『通天閣デスラップ』のケンジが、豪快に笑いながら皿を差し出す。

その隣では、MADのユーカがジョッキを片手に地元のドラマーと熱いビート論を戦わせていた。

凛もまた、不敵な笑みを浮かべて煙草を燻らし、その混沌とした空気の一部と化している。


一方、確実未成年のユウナ、レイラ、雫、琴音の4人と、プロデューサーのユキは、ウーロン茶とサイダーで乾杯。


「ユキくん、これ食べて。紅生姜の串カツ、大阪の名物なんだって」


ユウナは当然のようにユキの隣に張り付き、甲斐甲斐しく皿を差し出す。

その距離は、もはや「プロデューサーと演者」の境界線を軽々と超えていた。


「……ああ、ありがとな。って、ユウナ、そんなに張り付かなくても……」


「ダメです。今日は打ち上げなんですから!」


頬を膨らませるユウナの瞳は、居酒屋の提灯の光を反射して、いつになく潤んでいた。



宴もたけなわという頃、百合先生が一人、店の外へ出た。

スマホを取り出し、凛とした声でダイヤルを回す。


「……はい、九条様。百合でございます。夜分に失礼いたします。……ええ、本日のライブが長引きまして、安全を考慮し、今夜はこちらで一泊させ、明日私が責任を持って御自宅までお送りいたします。……左様でございます。生徒の安全が第一ですので」


レイラと雫の厳格な家庭に対し、澱みのない敬語で「教師としての責任」を説く。

その横顔には、昼行灯な姿など微塵もない。


だが、通話を切った瞬間、彼女の瞳に怪しい光が宿った。


「よし! 仕事終わりィィ!! おばちゃん、生大!! 10リットル持ってきて!!」


店内に戻るや否や、百合先生は豹変した。


「おいケンジ! ギターの弾き方がなってないんだよ! ほら飲め! 」


「ひ、ひぃ……! このジャージの姉ちゃん、酒も絡みもエグすぎるわ……!」


大阪の猛者たちが、正体不明の「謎のジャージ美女」のウザ絡みに戦慄し、次々と沈没していく地獄絵図が展開された。



一方、東京の静寂と光

場所は変わり、都内の地下スタジオ。


そこには、大阪の喧騒とは無縁の、凍りつくような緊張感が漂っていた。 


『JUPITER』。

クレナイの鋭いカウントに合わせ、レイのギターが空気を切り裂く。


「……今の入り、0.1秒遅い。やり直し」


クレナイの声が、ムチのように飛ぶ。


フィリアの台頭、あるいはFractal Lilyという新星の出現。時代が自分たちを追い越そうとしている恐怖を、彼女たちはただ「完璧な演奏」という鎧で撥ね退けようとしていた。


鏡に映る自分たちの姿に、迷いは許されない。


しかし、世間の関心は別の場所にいた。


大型ビジョンが映し出すのは、完全にアイドル路線へと舵を切り、眩いステージで微笑む**『フィリア』**の姿。

『四天王フィリア、待望のメジャー1stアルバム【Philia-ism】発売決定! 予約数、異例の20万枚突破!』

彼女たちは今や巨大な商業システムを背負った「アイコン」として、日本の音楽シーンの頂点に君臨していた。


それから数週間。

Fractal LilyとMADを乗せたバスは、日本列島を縦断する「鋼鉄のキャラバン」へと化した。


大阪の泥臭い熱狂から始まり、名古屋の湿り気を帯びた地下室、静岡の激しいビート、埼玉の巨大なうねり、そして神奈川の激闘。


各地で地元の「王」たちと拳を交わし、時にコーラ(と一部はアルコール)を酌み交わし、彼女たちは着実に「バンド仲間」という名の軍勢を全国に広げていった。


琴音のシャウトはより深く、レイラとユウナのアンサンブルはより鋭利に、雫と凛のリズム隊は地殻を揺らすほどに重く。


そして――。

ついに一行を乗せたバスは、「始まりの場所」へと戻ってきた。


11月の冷たい夜風が吹き抜ける、東京。街灯に照らされた、鉄錆の匂い。

見慣れた『SLASH』の看板を見上げ、ユウナ、レイラ、雫、琴音、凛の5人は足を止めた。


ツアーで磨き上げられた彼女たちの背中には、もはや「学生」や「アマチュア」という言葉では縛りきれない、真の四天王としての風格が宿っている。


「……ようやく、戻ってきたな」


ユキの低い呟きに、琴音が小さく、しかし力強く頷いた。


ラストステージ、東京・SLASH。


数々の地獄を潜り抜けてきた彼女たちの凱旋ライブが、今、始まる。


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