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25音目 通天閣の洗礼


黄金色の集合地点


10月の土曜日。

早朝の空気はピリリと引き締まり、街路樹の銀杏がわずかに色づき始めている。

渋谷にあるMM2事務所の前には、20人乗りのマイクロバスが横付けされていた。


「よし、アンプ積んだか!? 雫のベース、スタックの隙間に挟むな。ネックに負荷がかかるだろ!」


ユキの怒号が秋の空に響く。

機材テトリスはツアーの初陣だ。


「へへっ、ユキ、そんなにカリカリすんなよ。ほら、これ差し入れの肉まんだぜ」


MADのゼットが、ドレッドヘアを揺らしながらユキの肩を叩く。


「……ったく、お前らは呑気だな。ジン、その5弦ベース重いんだ。一番下の段に押し込め!」


「わかってるよ、プロデューサーさん。腰言わさん程度にな」


ジンがガムをクチャリと鳴らしながら、慣れた手つきでハードケースを積み込む。

かつては上下関係が明確に存在していた二つのバンドも、今や同じ戦場へ向かう奇妙な連帯感に包まれていた。


最後尾から、ヨレヨレのジャージ姿にサングラスをかけた百合先生が、コンビニ袋を片手に現れた。


「あー……おはよ。先生、最後列占領するから。……あ、お酒は10時まで我慢するから安心して」


「先生、まだ朝の7時ですよ! そもそもバスで飲む気満々じゃないですか!」


ユキの鋭いツッコミを合図に、一行を乗せたバスは大阪へと走り出した。


揺れる車内、策略の座席配置


バスの座席は、最前列にユキと神崎マネージャー、その後ろに各バンドが固まる形……のはずだった。

だが、凛とレイラの計らいにより、意図的な配置が完成していた。


最後列: 百合先生(横になって爆睡)

後部: MADの4人と凛

中央: レイラ、雫、琴音

前方右側: ユキと、その隣に配置されたユウナ。


ユキは正面のフロントガラスを凝視し、体が石のように硬直していた。隣でユウナが静かに目を閉じている。

規則正しい寝息。だが、彼女の指先はわずかに震え、膝の上で衣装ケースを抱きしめていた。


やがて、バスの緩やかなカーブに合わせて、ユウナの頭がゆっくりとユキの肩に預けられた。


「ユ、ユウナ……?」


囁くような声にも反応はない。だが、ユウナの頬は秋の夕日のように赤く染まり、まつ毛がかすかに震えている。


「あらあら、前方座席は随分と『高密度』ですわね。ねえ、雫さん」


後ろの席からレイラがクスクスと笑いながら身を乗り出す。


「……ええ。青春の、重みですね……」


雫が眼鏡を指で押し上げながら、気まずそうに、しかし興味深そうに視線を送る。


さらに後方から、凛の野太い声が飛んできた。


「おーいユキ! 鼻の下伸びてんぞ! サービスエリアに着いたら、肩代わり料として串カツ全種類奢れよな!」


「……っ! うるせぇ、後ろでたこ焼きの夢でも見てろ!」


ユキは振り返ることもできず、真っ赤な顔で前方のモニターを見つめるしかなかった。


「ぎゃはは! いいじゃんプロデューサー! 青春してんねぇ!」


MADのネオが座席から身を乗り出して囃し立てると、ドラムのユーカも呆れたように笑う。


「ネオ、あんたもうるさい。凛、次どのパーキング寄るかスマホで調べてよ。私はたこ焼きよりイカ焼き派だから」


大阪・リングの洗礼リハーサル


昼過ぎ、心斎橋の老舗ライブハウス『リング』に到着。

地下への階段を降りると、独特のヤニ臭さと湿り気が染み付いた空間が広がっていた。そこには、地元・大阪のラウドシーンを支える「猛者」たちが集っていた。


「……なんや、東京から来たお嬢ちゃんら、これが『四天王』か? べっぴんさんやけど、音の方はどうなんやろな」


挨拶もそこそこに、関西弁の挑発が飛ぶ。

対バン相手は、強面の男たちが揃うパンクバンド『怒号』や、ラウド系の重鎮『アイアン・タイガー』。

特に地元大阪の注目株、3ピース・ハードコアバンド**『通天閣デスラップ』**のリハーサルが始まると、空気は一変した。


「スネアの返し、もっとバキバキに上げてや! 腹に響かんわ!」


Voのケンジが咆哮する。ドラムのキックがコンクリートを震わせる。


ギターの音出し(サウンドチェック)が始まると、彼はリリーのメンバーを蛇のような目で睨みつけ、地面を削るようなスライドギターを鳴り響かせた。


「……おい、お嬢ちゃん。そんな細い指で、ウチらの音に付いてこれるんか? リングの床は、ヤワな音じゃ震えへんぞ」


ステージ袖で見ている男たちの視線は冷ややかだ。ガールズバンド界の四天王という肩書きなど、この泥臭い現場では、ただの「飾り」に過ぎなかった。


「……ひ、ひぃ……皆さん目が怖いです……」


琴音がガタガタと震え、衣装の袖を握りしめる。

一方で、ユキは腕を組み、鋭い眼光でモニターのバランスを注視していた。


「……いい洗礼だ。琴音、ビビるな。これを黙らせなきゃ、ツアーの意味がない」


そんな中、百合先生だけが、現地のバンドマンからいつの間にか奪い取った缶ビールを片手に、誰よりも楽しそうにリズムを刻んでいた。


「……行くぞ、野郎ども。大阪に、鋼鉄の楔を打ち込むぞ」


ユキの低い声。


Fractal Lilyの、過酷な武者修行の幕が、今、切って落された。

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