21音目 四天王への道
嵐の前、静寂を切り裂く毒
聖地のフロアは、異様な熱に包まれていた。
最前列には、煌びやかなガールズバンド文化を信奉する『STARS ROOM』の常連たち。
その後方には、場違いな黒いTシャツを纏った『SLASH』の店長と屈強なバンドマンたちが、岩のように陣取っている。
そのさらに隅で、軽音部部長率いる一団が、濁った瞳でステージを呪うように睨みつけていた。
開演直前、百合先生が欠伸を噛み殺しながら、悠然と関係者席に現れた。
「……ん、間に合ったね。みんな、適当に暴れてきな。明日の部費の言い訳、考えておくから」
その拍子抜けするほど緩い激励に、極限まで張り詰めていたメンバーの肩の力が、ほんの少しだけ抜けた
。
「……行くぞ」
ユキの低い号令と共に、5人は円陣を組み、戦場へと足を踏み出した。
非情なる一撃、静まり返る聖地
重厚なSEが流れ、青い照明の中に5人のシルエットが浮かび上がる。
だが、観客の反応は冷ややかだった。
「場違いなんだよ」
「とっとと消えろ」──容赦ない罵声が飛ぶ。
その時だった。
ステージが眩い白光に包まれた瞬間、客席から一本のビール瓶が放たれた。
放物線を描いたガラスの塊は、逃げようともしなかった琴音の額にクリーンヒットした。
パリン、と硬質な音が響き、琴音がよろめく。
「琴音!!」
袖でユキが叫び、SLASH勢が色めき立つ。
客席の隅では、フードを深く被った黒い影が、ほくそ笑みながら出口へと消えていった。
会場は一瞬で、凍りついたような静寂に支配された。
中止か、あるいは絶望か。
駆け寄ろうとするユキと先生を制したのは、マイクを握りしめた琴音の「手」だった。
「……アアァァァァァッ!!!」
空気を切り裂く、肺を絞り出すような全力のシャウト。
額からは紅い筋が流れ、頬を伝う。
だが、その瞳に宿っていたのは、恐怖ではなく、すべてを焼き尽くすような「憤怒」と「覚悟」だった。
逆襲の五連撃
凛のカウントが爆速で打ち鳴らされる。一曲目、ディズニーのメタルアレンジ。
キャッチーな旋律を、暴力的な重低音と超高速のツーバスが蹂躙していく。血を流しながら不敵に笑う琴音の姿に、観客は言葉を失った。
2曲、3曲と、MCを一切挟まずに新曲を叩きつける。
ユウナとレイラのギターソロが、火花を散らす龍のように絡み合う。
「……なんだよ、これ……。かっこよすぎるだろ……!」
最初は戸惑っていた観客たちが、一人、また一人と拳を突き上げ始めた。
3曲目のサビ、琴音の煽りに呼応するように、フロアの最前列で最初のダイブが発生した。
「野郎ども、負けてられねぇぞ!!」
SLASHの店長が咆哮し、大男たちが次々と人の波の上を転がり始める。聖地『STARS ROOM』が、かつてないカオスな戦場へと変貌していく。
涙と喝采の果て
舞台袖。ユキは震える拳を握りしめ、溢れ出す涙を拭おうともせずにステージを見つめていた。
「……お前ら、最高だ」
関係者席の隣では、百合先生がオーナーの隣で、静かに、本当に静かに涙を浮かべていた。
それは、何かを今の彼女たちに重ねたのか、それとも別の想いか。
後方では、MADのゼットが「ウチらも混ざるぜ!」と叫び、四天王自らフロアに飛び込んでいった。
JUPITERのメンバーたちも、後方で満足げな笑みを浮かべ、新しい王の誕生を予感していた。
対照的に、四天王候補たちは戦慄していた。
「……何よ、あの演奏。あんなの、聞いてないわよ」
シュガー・ラッシュのモモが、初めて恐怖を顔に滲ませる。
パンクのランに至っては、その熱量に抗えず、自らも衝動のままにダイブを開始していた。
5曲目。最後の一音が消えた時、会場は割れんばかりの大歓声に包まれた。
琴音は流れ落ちる血を手の甲で拭い、一言も発さずに深く一礼する。
その姿は、どんな着飾ったアイドルよりも、気高く、そして美しかった。
誇らしげに、しかし満身創痍でステージを降りる5人。
彼女たちは今、確かに「伝説」の第一歩を、その足で踏みしめていた。




