表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/40

17音目 四天王MAD

眩い聖地の熱狂


アスファルトが陽炎を揺らし、蝉時雨が肌を刺すような8月の酷暑。


熱を孕んだ湿った風が、ライブハウス『STARS ROOM』の入り口に集まる観客の熱気と混ざり合い、都心の午後を重苦しく支配していた。


SLASHの地下室にある鉄錆の匂いとは違う。

STARS ROOMは、最新鋭のLEDパネルが放つ光と、芳醇な香水の香りが漂う、文字通りの「聖地」だ。ブッキングライブ当日、フロアは超満員の熱気に包まれていた。


「……暑い。外も中も、温度が狂ってる」


ユキは控え室の隅で、冷えたペットボトルを首筋に当てて呻いた。


今日の出演は計7バンド。

前半、数組のバンドが火花を散らす。

観客の耳は肥え、ステージに向けられる期待値は分刻みで跳ね上がっていく。


甘い毒薬、SUGAR★RUSH


中盤、四天王候補の一角『SUGAR★RUSH』が登場した瞬間、会場の空気がピンク色の毒に染まった。


「みんなぁ、溶けちゃうくらい踊ろうね!」


モモの甘ったるい声と共に放たれたのは、極彩色のポップロック。キャッチーなメロディの中に、計算された不協和音を忍び込ませる。ルルのキーボードが空間を魔法のように彩り、アンのうねるベースが観客の思考を奪う。


「……悔しい。あんなに可愛らしいのに、音の厚みが尋常じゃないわ」


舞台袖で見守るレイラが、その「売れるための正解」を見せつけるようなステージに圧倒されていた。

その喧騒の最中、ユキは機材搬入口の影で、STARS ROOMのオーナーと親しげに、それでいて真剣な面持ちで密談を交わす百合先生の姿を捉えた。


二人の間には、単なる箱側と演者側という枠を超えた、長く深い繋がりを感じさせる独特の沈黙が流れている。

先生のその横顔は、いつもの昼行灯な姿とは別人に見えた。



Fractal Lily、アウェイの挑戦


「トリ前――Fractal Lily!!」

アナウンスと共に5人がステージに上がったが、会場の反応は冷ややかだった。


「メタル? 湿気たジャンル持ってきたな」

「制服? SLASHで浮いてるって噂のガキか」


冷笑と無関心。だが、凛がスティックを振り下ろした瞬間、そのすべてが「轟音」によって粉砕された。

一ヶ月の「地獄」で磨き上げた難解な変拍子。ユウナとレイラのギターソロが、火花を散らす火龍のように絡み合う。


「……え、何これ、上手すぎない?」

「声……ボーカルの子、化け物かよ!」


琴音の喉から放たれたハスキーかつ超高音のシャウトが、フロアの最深部まで貫いた。

アウェイの空気は、数分後には畏怖を伴う賞賛へと変わり、演奏が終わる頃には地鳴りのような歓声が渦巻いていた。


「……やった。届いた……!」


ユウナが汗だくの笑顔でユキを見た。手応えは十分。完璧なライブだった。



しかし、その達成感は、わずか数分で瓦礫と化した。


トリ――四天王『MAD』。


彼女たちがステージに現れた瞬間、フロアの「気圧」が変わった。


「遊ぼうぜ、STARS ROOM!!」


ゼットの咆哮と共に、ネオンカラーの髪を揺らすネオのギターから放たれたのは、ノイズとスクラッチが混ざり合う、理性を破壊するミクスチャーサウンド。


ドォォォォォォン!!!


ジンの5弦ベースが、心臓を直接握り潰すような重低音を叩き出し、ユーカのドラムが床を物理的に揺らす。


「なっ……何、この音圧……!」


ユキはスピーカーから放たれる圧倒的な質量に、足がすくんだ。


観客のノリが、他とは全く違う。統率された拍手などない。

フロアは一瞬で戦場へと変わり、興奮した客が次々とダイブを決め、人の波の上を転がっていく。

ラップとシャウトが交錯し、躍動するステージは、もはや「音楽」を超えた「暴動」だった。


MADが音を止めた時、会場に残っていたのは熱狂ではなく、焼け野原のような「静寂」だった。


残された敗北感


ライブ終了後


Fractal Lilyの5人は、自分たちの成功が、MADという巨大な太陽に飲み込まれ、影すら残っていないことに気づいた。


「……凄すぎますわ。わたくしたちの演奏なんて、ただの『お遊戯』にしか見えませんでしたわ」


レイラの声が震える。


凛もまた、拳を握りしめたまま、かつての戦友であるユーカの背中を、遠い世界を見るような瞳で見つめていた。


最高の演奏をしたはずなのに、心に残ったのは、冷たいほどの「敗北感」。


聖地の夜風は、8月の熱気を帯びたまま、彼女たちの未熟さをあざ笑うように吹き抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ