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16音目 放課後ティータイム



耳をつんざく爆音と鉄の匂いに満ちた『SLASH』での日々から一転。


メタル部の5人とユキは、駅前の小洒落たカフェのテーブルを囲んでいた。


パステルカラーの店内、甘いシロップの香り、そして何より──周囲を埋め尽くす「普通の女子高生」たちの賑やかな笑い声。


「……死ぬ。この空間、酸素が足りない……」


ユキはメニュー表で顔を隠し、消え入りそうな声で呻いた。首までボタンを締めた彼の生真面目な格好は、


周囲のチャラついた男子グループからは


「何だあの陰キャ」という失笑を買い、


一方で通りがかりの女子たちからは「……え、あの人、横顔めっちゃ綺麗じゃない?」という好奇の視線にさらされている。


「ユキ先輩、そんなに怯えなくても……。ほら、この期間限定のイチゴパフェ、すごく美味しそうですよ!」


隣に座るユウナが、目をキラキラさせてメニューを差し出してきた。


「……俺はブラックコーヒーでいい」


「ダメです! 今日は打ち上げなんですから!」

ユウナが頬を膨らませて詰め寄る。


その至近距離で見つめる潤んだ瞳と、微かに漂う石鹸のような香りに、ユキは思わず息を呑んだ。


「おやおや、いい雰囲気ですわね」


レイラが優雅に紅茶を啜りながらニヤリと笑う。


「ユキ先輩、顔が赤いですわよ? メタルのビートより鼓動が速いのではなくて?」


「せ、先輩! ほら、あーんしてください!」


冷やかしに焦ったユウナが、フォークでパンケーキをユキの口元へ。


「ちょ、ユウナ……見られてるって……!」


「いいから! はいっ!」


必死なユウナの「あざと可愛い」猛攻に、ユキはついに観念して口を開ける。


それを見守る凛、雫、琴音のニヤニヤとした視線が、彼にとってはどんな重低音よりも居心地が悪かった。


ふっと会話が途切れた隙に、凛がスマホの画面をテーブルの中央に置いた。


「……浮かれるのはいいけど、現実も見とこうぜ。今のガールズバンド界、四天王候補たちの勢いがエグいことになってる」


凛が指で示したのは、直近のライブ動員数の推移グラフだった。


「ポップロックの『SUGAR★RUSH』は、SNSのバズを完全に味方につけて動員を倍にしてる。テクノ系の『VIVID BEAT』は企業案件を掴んだ。パンクの『PRISM☆DIVA』は……相変わらず荒っぽいけど、熱狂的な信者が増えてるな」


今の自分たちがSLASHで得た数百人の支持。それは確実に成果だが、トップ層が戦う「万単位」の数字とは、まだ天と地ほどの差があった。

その時、雫がスマホを見つめたまま固まった。


「……みんな、これを見て。トレンド1位」


【速報:四天王『フィリア』、ビクターよりメジャーデビュー決定!】


「……っ、ついに抜けたか」


凛が低く呟く。


四天王の中でも、アイドルロックを武器にするフィリアの人気は、今や他のバンドを大きく突き放し、一人勝ちの状態へ突入しようとしていた。


「メジャー……。私たちとは、住む世界が違いすぎますわね」


レイラの言葉が、カフェの甘い空気を一瞬で冷やした。



夕暮れ時、解散して一人帰路につく凛のポケットで、スマホが震えた。


表示された名前を見て、凛の眉間が険しくなる。

「……ゼットか。何の用だ」


『よぉ、キラーの幽霊。先日のライブ、拝ませてもらったぜ』


電話越しに聞こえるのは、四天王『MAD』のボーカル、ゼットの不敵な声。


『やる気があるなら、遊びは終わりだ。来月、スターズルームのオーナー主催のブッキングイベントがある。そこに出ろ』


凛は鼻で笑った。

「……わざわざウチらを呼び戻す気か? あそこはもう、私の居場所じゃない」


『ハッ、そんな湿気たこと言うタマじゃねぇだろ。既に7バンド決まってる。四天王候補からも1バンド出る予定だ。トリはウチらMADが務める。だがな……』


ゼットが低く笑う。


『トリ前……一番美味しい場所を空けてある。オーナーにはウチが話をつけてやるよ。お前らが、あの場所で「本物の絶望」を味わう覚悟があるならな』


凛は足を止め、夕闇に沈む街を見据えた。


「……面白いじゃん。絶望するのは、どっちか教えてやるよ」


通話を切った凛の瞳には、かつての狂犬のような光が戻っていた。


休息の時間は終わりだ。


Fractal Lilyはついに、この国で最も残酷で、最も眩いステージへと引きずり出されようとしていた。

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