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15音目 強者たちの視線


部室の静寂と、外の喧騒


午後の陽光が埃を白く照らし、斜めに差し込むメタル部の部室。

その中央で、百合先生は今日も今日とてソファの住人と化していた。

口角から一筋のヨダレを垂らし、時折


「……あーあ、経費で落とせないかなぁ……」


と不穏な寝言を溢しながら、深い眠りの淵を漂っている。

その傍ら、ユキは外界の音を一切遮断したかのように、アレンジノートと対峙していた。


「……ここだ。ブラストビートの裏で、あえてツインギターを三連符のハモりにする。狂気の中に、冷徹な秩序を置くんだ」


カリカリと鋭いペン音が、部室の静かな熱量を物語る。


薄い防音扉の向こう側からは、心臓を抉るような重低音が漏れ聞こえていた。

SLASHでのトリを控えた5人の猛練習。

ユウナの運指はもはや視認できないほどに加速し、凛のドラムは校舎の土台を揺らすほどの質量を伴っていた。

だが、その熱狂を、廊下の陰から濁った瞳で見つめる影があった。


軽音部部長。

かつて学園祭で主役を張っていたはずの彼は、今や嫉妬という名の毒に身を焼き、頬を削げさせていた。


「……何がメタル部だ。ただの素人芸が、調子に乗りやがって」


背後にいた軽音部の部員が、気まずそうに口を開く。


「でも部長……正直、あいつらの音、もう俺たちの手に負えるレベルじゃないですよ。昨日もSLASHで拍手喝采だったって噂だし……」


「……ああ。ぶっちゃけ、かっこいいっすよね」


「黙れッ!!」

部長の怒号が廊下に響き渡る。


「あんなのは音楽じゃない! ただの騒音だ! 媚びを売るな! 次にそんな口を叩いたら、部から叩き出してやる!」


凍りつく空気。部員たちは顔を見合わせ、重苦しい沈黙の中で視線を落とした。

部長の心の中で、メタル部への妬みは、もはや修復不可能な「呪い」へと変貌していた。




SLASH──トリを務めるということ


場面は変わり、夜のライブハウス『SLASH』。

ステージを覆うスモークの向こう側で、観客の怒号のような歓声が渦巻いている。

この日、Fractal Lilyはついに、この戦場の「トリ」を任されていた。


「行くぞ──Fractal Lily!!」


ユキの合図と共に、凛のツーバスが空気を爆砕した。

ユウナとレイラのギターが、蛇のように絡み合い、天を突く。

雫のベースがフロアの重力を歪ませる。

そして、その轟音の壁を突き破り、琴音の声が牙を剥いた。


普段の気弱な姿からは想像もつかない、肺を絞り出すような超高音かつハスキーなシャウト。それは単なる叫びではなく、彼女の抑圧された感情を全て燃料に変えた、美しくも禍々しい「旋律」だった。


「……っ、こいつの喉、どうなってやがる!?」


最前列のベテラン客が、鳥肌の立った腕をさすりながら戦慄する。

琴音の歌声は、激しいアンサンブルの中でも埋もれることなく、聴き手の心臓に直接言葉を刻みつけていく。


「最高だぜ、リリー!!」

歌姫ディーバ、もっと叫んでくれ!!」


男たちが、汗を飛び散らせながら拳を突き上げる。それは、彼女たちが「女子高生」という記号を完全に殺し、一人の「表現者」としてこの場所を征服した証だった。



観測者たちの沈黙

熱狂の渦に包まれるフロアの最後方。

ドリンクカウンターの影に、異質なオーラを放つ一団が佇んでいた。

かつてのガールズバンド四天王──元『キラー』のメンバーたち。

そして、その隣には、現四天王の一角『MAD』の面々が並んでいた。

ドレッドヘアをキャップに収めたゼットが、酒を片手にニヤリと口角を上げる。


「……へぇ。凛のやつ、随分とマシなツラして叩くようになったじゃねぇか」


ゼットが低く、愉しげな声で呟く。


「……だけど、あのボーカルの娘。まだ喉に余力を残してやがるな。綺麗に歌おうとしすぎだ」


横でガムを噛んでいた5弦ベース使いのジンが、地響きのような演奏を聴きながら鼻を鳴らした。


「……構成は面白い。でも、重さが足りないわね。この程度で四天王の椅子に手が届くと思ってるなら、笑わせるわ」


元キラーのリーダーも、ステージを見つめたまま一言も発さない。

その瞳には、かつての仲間への懐かしさと、それ以上に冷徹な「査定」の光が宿っていた。


「……面白いおもちゃが見つかったな、ゼット?」


「ああ。壊し甲斐がありそうだ」


強者たちの余裕。それは、絶望的なまでの実力差から来る、残酷なまでの期待感。


ステージ上で最高潮の演奏を見せる5人は、まだ気づいていない。


自分たちが、ついに本物の「怪物」たちの視界に入ってしまったことに。


熱狂の終幕と共に、物語はさらなる深淵へと加速していく──。


真夏の夜がボリュームを上げ始めた。


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