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14音目 スラッシュとスターズルーム


鉄錆と信頼のディストーション 


放課後のライブハウス『SLASH』。

地下へと続く階段には、タバコの脂と湿った鉄の匂いが染み付いている。

Fractal Lilyにとって、そこはもはや第二の部室であり、自分たちを「剥き出し」にできる唯一の聖域となっていた。


制服のスカートを翻し、重いエフェクターケースを引きずる。

かつては彼女たちを「お嬢様の道楽」と鼻で笑っていた強面の常連客たちが、今では当たり前のように道を空け、拳を突き出してくる。


「よう、リリー。今日の新曲、またエグい変拍子ぶっ込んできたんだってな?」


「クラッシュ」のリーダーが、結露した缶コーヒーをユキに放り投げた。


「……ああ。お前らの前座で満足するほど、うちはお人好しじゃないからな」


ユキが不敵に笑い返し、缶のプルタブを引き抜く。

ステージ上では、ユウナとレイラがメンズバンドのギタリストたちと車座になり、エフェクターの歪みの深さや、速弾きにおけるピッキングの角度について、瞳を輝かせて議論を交わしていた。


この一ヶ月、彼女たちは着実に「皮」を剥いできた。観客は彼女たちの「女子高生」という記号を忘れ、その指先から放たれる狂気的な音にのみ、魂を震わせ始めていた。

粗削りだったアンサンブルは、劣悪な音響と肥えた耳を持つSLASHの観客に揉まれ、ダイヤモンドのように鋭利な殺意を宿しつつあった。



そんな熱い季節を数日かけ巡る最中、


「……そろそろ、外の世界の『毒』を食らいに行くぞ」


ユキの号令で、5人はガールズバンドの聖地『STARS ROOM』へと足を運んだ。

SLASHの鉄錆とは正反対の、甘い香水の香りと最新鋭のLED照明が眩い、華麗なる戦場。


そこで彼女たちが目にしたのは、次世代を担う「四天王候補」たちが放つ、圧倒的な光と影だった。


● SUGAR★RUSHポップロック

ステージの中央で、モモが極彩色のスポットライトを浴び、甘い毒を含んだ声で囁く。


「みんな、死ぬまで踊ってね?」


キャッチーなメロディの中に、じわじわと脳を溶かすような中毒性。

ルルのキーボードが魔法のように空間をキラキラと飾り立てる裏で、アンとココアのリズム隊が、聴き手の三半規管を暴力的に揺さぶり、ハッピーな地獄へと引きずり込んでいく。



「……悔しいですわ。メロディの一つ一つが、逃げ場のないほどに完璧ですわね」


レイラが悔しげに唇を噛み、ギターケースを握りしめる。



● VIVID BEAT(テクノ系)

暗転した会場に、幾何学的なデジタルノイズが投影される。

ルイのヘッドレスギターから放たれる、

冷徹なまでに計算し尽くされた音色。

1ミリの狂いもなく同期するシオンの無機質なボーカルが、感情を「非効率なノイズ」として切り捨てていく。


「……あれは音じゃない。完成された『演算』ね。一分の隙も、迷いもない」


雫が眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、その完璧な統率力に圧倒されていた。



● PRISM☆DIVAパンク

そして、最も激しく、最も汚い衝動で空気を震わせたのはパンクの爆音だった。


「おい、キラーの幽霊! どこかで見てんだろ!?」


鼻ピアスのランが、ベースを物理的に叩きつけるように鳴らし、咆哮する。

サキの歪みきったフィードバック音と、レンの破壊的なドラム。

技術など知ったことかと言わんばかりの、剥き出しの命の爆発が会場を焦がしていく。


「……相変わらず、ムカつく音出しやがって」


凛が拳を白くなるまで握りしめ、ステージを射抜くように睨みつける。

その背中は、静かな怒りと、隠しきれない闘争心で震えていた。


「……あいつら、全員が自分の『正解』を信じ切ってる」


ユキは5人の横顔を見ながら、その胸に去来する焦燥を感じ取っていた。

自分たちに足りないもの。それは、技巧を超えた先にある、圧倒的な「バンドの個性アイデンティティ」という壁だった。



その頃、夕暮れのメタル部部室。


百合先生は、いつものようにソファで、よれたジャージ姿のまま転がっていた。

しかし、その閉じた瞼の裏では、音符ではなく「不穏な数字」が猛烈な勢いで回転していた。


「……うーん。校長、あのジジイ……意外と鼻が利くからなあ……」


寝返りを打ちながら、先生は緩んだ口元からこぼれるヨダレを拭う。


「『部活動振興費』なんてケチな名目じゃあ、あのボロいアンプ一台分にもなりゃしない……。『校内環境整備費』の名目で、地下の防音工事費として請求……いや、いっそ校長の弱みを握って、秘密の『特別裏予算』を編成させるか……」


彼女の緩んだ指先には、校長が密かに隠し持っている「激レアアイドルフィギュア・完全予約リスト(極秘)」のコピーが握られていた。


「ふふふ……これを使えば、憧れのスタックアンプの壁が作れる……。メタル部は、金に糸目をつけない悪の組織へと進化するのだ……おやすみ……」


幸せそうな、それでいて極めて邪悪な笑みを浮かべ、先生は再び深い微睡みへと落ちていった。


彼女がどんな「禁じ手」を使って部費をもぎ取ってくるのか。それは、5人がライブハウスで勝ち上がるのと同じくらい、困難で、かつ予測不能な戦いになりそうだった。

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