12音目 四天王候補
音楽祭の翌朝。
登校したユキたちの耳に飛び込んできたのは、自分たちのバンド名を呼ぶ無数の熱狂だった。
「昨日のライブ見た!? Fractal Lily、マジでやばかったよな!」
「琴音ちゃんの歌、最後の方とか鳥肌立ちっぱなしだったわ」
「ユウナちゃんのギター、あれもうプロだろ……」
「生徒会長があんなにベース弾けるとか、反則すぎて惚れるわ」
「ひ、ひぃ……! み、見られてます……四方八方から見られてます……!」
ユウナが顔を真っ赤にして縮こまれば、
琴音も「わ、わたしも……もう無理です……!」と震えている。
一方でレイラは「当然の結果ですわね」と優雅に髪をかき上げ、
雫は「……落ち着いて。今日からは普通の学校生活よ」と冷静に嗜めた。
廊下であくびをしていた百合先生が、通りすがりに気だるげに告げる。
「はいはい、スター気取りはほどほどにね~。私は保健室で寝るから」
「先生」
呼び止めるユキの視線は、浮き足立つ周囲とは対照的に、冷たく、先を見据えていた。
夕方
「……みんな。昨日のライブで少しは名前が売れたけど、このままじゃ何も変わらない」
放課後の部室。ユキが切り出した言葉に、ユウナが「えっ……?」と首を傾げる。
「俺たちが本気でバンドをやるなら――“現場”に行くしかない」
「現場って……ライブハウスか?」
凛の問いに、ユキは短く頷いた。
「そうだ。メタルの聖地じゃない。メタルの戦場――『SLASH』に売り込みに行く」
「スラッシュ……? あの、いかにも汗臭そうな場所ですの?」
レイラが眉をひそめれば、
凛が「お前、あそこをただのライブハウスだと思ってんのか。ガチのメタルバンドしかステージに立てねぇ、地獄みたいな場所だぞ」と凄んだ。
「……でも、必要なことだと思う」
と雫が同意し、
琴音は「ひぃ……! こ、怖いです……!」と半泣きになる。
「怖いなら、強くなればいい。俺たちは“音”で勝負するんだ」
ソファで寝転んでいた百合先生が、天井を見つめたまま呟いた。
「まあ……スラッシュねー」
「先生、行ったことあるんですか?」
ユキの問いに、百合は視線を逸らして笑った。
「さあね。私はただの保健の先生だから」
その含みのある言い方は、もはや隠す気がないほどに“ただの先生”ではなかった。
漆黒の戦場『SLASH』
翌日、学校帰りの制服姿で、彼女たちはライブハウス『SLASH』の前に立っていた。
古びたビルの地下。コンクリートの壁には、どす黒いインクで刷られたメタルバンドのフライヤーが隙間なくびっしりと貼られている。
「ひぃ……! こ、ここ……空気が重いです……!」
怯えるユウナの背中を、凛が叩く。
「大丈夫だ。私がいる」
「わたくし……場違いな気がしますわ……」と漏らすレイラに、
「……覚悟を決めましょう」と雫が応えた。
中に入ると、重厚なカウンターの奥に、筋肉質の巨漢が座っていた。スラッシュの店長だ。
「ん? 高校生か? ここはガキの遊び場じゃねぇぞ」
ユキは一歩も引かずに言い放った。
「出演したいです。音、聴いてもらえませんか」
店長は太い眉を上げ、値踏みするように一行を見た。「……ほう。言うじゃねぇか」
試される音
誰もいないホールのステージで、Fractal Lilyは1曲だけ、全力の演奏を披露した。
静まり返ったフロアに、最後の残響が消えていく。
店長は腕を組み、しばらく沈黙を保っていた。
「……悪くねぇ。いや、むしろ……」
店長はニヤリと笑った。
「お前ら、面白ぇな。出してやるよ。ただし――男の中に混ざって修行しろ」
「上等だ」と凛が応じ、
ユウナが「が、頑張ります……!」と拳を握る。
「わたくしのギターで魅せて差し上げますわ」と不敵なレイラ。
「ひぃぃ……!」と震える琴音に、
雫が「……よろしくお願いします」と頭を下げた。
店長は声を低くして釘を刺す。
「ただし、覚悟しとけ。ここは“ガールズバンドの聖地”じゃねぇ。メタルの戦場だ。甘い気持ちで来るなよ」
「……望むところです」
ユキの答えに重なるように、重い扉が開いた。
最初の外敵
リハーサルを終えたメンズバンド『クラッシュ』のメンバーが入ってくる。
長髪のスラッシャー、デスボイスを操る巨漢、冷徹そうなテクニカル系ギタリスト。彼らは制服姿の少女たちを見て、鼻で笑った。
「女子高生? 悪いこと言わねぇ、今のうちに帰ったほうがいいぞ」
「メタル、舐めんなよ。ここはパパやママが助けてくれる場所じゃねぇんだ」
「ライブ中に泣いて帰るなよ?」
凛が「……やんのか?」と身構えるが、
ユキが誠実かつ冷徹にそれを制した。
「凛、落ち着け」
店長が間に入る。
「おいおい、喧嘩すんな。でも――対バンで勝てば認められる。それがスラッシュのルールだ」
ユキはクラッシュの面々を真っ直ぐに見据えた。
「……やってやるよ」
一方、
かつてキラーが立ち、今も“ガールズバンドの聖地”として君臨する華やかなライブハウス『スターズルーム』。
そこでは、次の「四天王」の座を狙う有力な3バンドが、不気味な動きを見せ始めていた。
● SUGAR★RUSH(ポップロック・四天王候補)
キャッチーなメロディと圧倒的な大衆性を武器にする彼女たちは、控室でスマホを囲んでいた。
「何これー。学校の音楽祭にメタルだって〜」
無邪気な笑顔の裏で、その瞳は新参者の実力を冷徹に見極めようとしている。
● VIVID BEAT(テクノ系・四天王候補)
緻密に計算されたシンセ音とシーケンスを操る、冷淡なまでの完璧主義集団。
「……この子たち、面白いわね。音楽祭の勢いのまま、ライブハウスに来るからしら?」
デジタルで制御された彼女たちの美学にとって、メタルの泥臭さは相容れないノイズでしかない。
● PRISM☆DIVA(パンク・四天王候補)
反骨精神と剥き出しの衝動を叩きつける、スターズルームで最も攻撃的なバンド。
「キラーの元ドラマーか……。大人しく消えてりゃいいものを、また面倒な火種を持ち込みやがって」
凛の過去を知る彼女たちは、 Fractal Lily の存在を「秩序を乱す毒」として忌み嫌っていた。
それぞれがジャンルの垣根を超えた思惑を抱え、メタル部を「無視できないライバル」として認識し始めていた。
学校という盾を失ったメタル部、Fractal Lilyは、ついに本物の戦場へと足を踏み入れる事になる。
夏の太陽が音をたてて燃え始めた。




