表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/40

1音目 廃部寸前のメタル部より

四月の風には、まだ冬の死に損ないのような冷たさが混じっていた。


放課後の喧騒から切り離された、旧校舎の突き当たり。

薄暗い廊下の終着点に、その「墓標」はある。


メタル部。


建付けの悪い扉を開けると、埃っぽい空気と死蔵された真空管アンプの匂いが鼻を突いた。

先輩たちが残していったステッカーだらけの雑誌、壁には色褪せた伝説のガールズメタルバンド『フラクタルクイーン』のポスター。


かつてここには、魂を削るような轟音があった。



「……結局、俺一人かあ。」


ユキは低く呟き、アンプの上に無造作に置かれたピックを指先で弾いた。


ギターも、ベースも、ドラムも――

全部演奏はできる。

曲も作る。

それでも、ここにはもう誰もいない。


今はキラキラとした青春ロックや、型に嵌まったアイドルバンドがもてはやされる時代。

重く、速く、醜悪なまでに純粋な「メタル」なんて、化石扱いだ。


だが、ユキの胸の奥には、フラクタルクイーンに、メタルに魂を焼かれたあの日の熱が、消えずに燻り続けていた。


「……あの音を、もう一度」


祈りにも似た呟きを掻き消したのは、無遠慮な足音と、薄ら寒い笑い声だった。


「おーいユキくーん。まだいたの? ここ、そろそろ軽音部に明け渡してよ」


現れたのは、流行りのバンドTシャツを誇らしげに纏った軽音部の連中だ。


「メタル部って、もう君一人でしょ? 時代遅れな部室、有効活用させてよ。今年は新入生が溢れてるんだよね」


ユキは無言でギターケースのジッパーを閉めた。

怒りよりも先に、深い諦念が肺を突く。

言い返す言葉さえ、この静寂の中では虚しく響くだけだ。



そこへ、廊下を凍らせるような冷徹な声が割って入った。


「メタル部は、本日を以て廃部とします」


生徒会長、霧島雫。眼鏡の奥にある瞳は、機械のように感情を排していた。


「部員一名。顧問不在。活動実績ゼロ。継続を認める根拠がありません」


「……猶予は無いのか?」とユキ


「学校の資産は、より『価値のある場所』へ分配されるべきです。もし異議があるなら――」



雫は淡々と、最後通告を突きつけた。


「来週までに、五人の部員と顧問、そして納得のいく活動計画書を提出しなさい。できなければ、この部屋は解体します」


軽音部の連中が、こらえきれないといった風に吹き出した。


「無理無理! メタルなんて、今どき誰もやらねーよ!」


連中が去り、静寂が戻った部室で、ユキは拳を固く握りしめた。

現実という重圧が、骨を軋ませる。俺の書く曲は、誰にも届かずに消えるのか。



新入生の勧誘などする気すら起きず、

諦めて帰ろうとしたその時


コン、コン。


心臓の鼓動よりも控えめな、けれど確かな意志を感じさせるノックの音。


「……失礼します。あの、ここ……メタル部ですか?」


扉の隙間から覗いたのは、春の陽光をそのまま形にしたような、鮮やかなピンクのツインテールの少女だった。

その背には、彼女の華奢な体躯には不釣り合いな、攻撃的なフォルムの「フライングV」のケース。


「わ、私……メタル部に入りたいんですっ!」


ユキの思考が、一瞬停止した。


「……は?」


少女は緊張に頬を紅潮させながら、けれど満面の笑みで告げた。

「私、フラクタルクイーンが大好きで……! ここならコピーできると思って、それでこの学校に来たんです。」


「……お前も、好きなのか」



「だ、大好きですっ! 誰が何と言おうと、世界で一番かっこいい音楽だと思います!」


少女の瞳の奥に、自分と同じ「火」を見た。

ユキは吸い寄せられるように、自分のメインギターを手に取った。


「……ちょ、ちょっと、弾いてみるか」


「はいっ!」


二人の最初の一音が重なった瞬間、部室の景色が一変した。

少女――ユウナのギターは、信じられないほどに緻密で、速く、そして暴力的なまでに「熱い」。

ユキの指先が震えた。自分の頭の中にしかなかった理想の旋律が、彼女の指を通して、血の通った「咆哮」へと昇華されていく。


「……お前、なんだその腕は」


「えへへ……ずっと一人で、この音を目指して練習してたんですっ!」


二人は夢中で弾き続けた。夕刻のチャイムさえ聞こえないほどに。

音が重なるたびに、錆びついていたユキの感性が、火花を散らして蘇っていく。

演奏を終え、肩で息をするユウナが、弾けるような笑顔を向けた。


「ユキ先輩……!

メタル部に、入れてください。」


ユキは、自分でも驚くほど自然に笑っていた。


「……ああ。でもあと三人、そして顧問。見つけないと実は廃部になっちゃうんだ。。この部。」


そこへ、忘れ物を取りに来た軽音部の男が再び顔を出した。


「まだやってんの? 無駄だって――」



「見てろよ」

ユキは静かに、けれど断固とした拒絶を込めて言い放った。


「俺たちが、メタルを取り戻す。復活させてやる。」


隣で、ユウナが力強く頷く。

旧校舎の窓から差し込む長い夕陽が、二人の影を、一つの巨大な怪物のように廊下へ伸ばしていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ