第9話 急変
「ほ、本当なのか……? 本当に、俺に好きだって言われて……嬉しいのか?」
恐る恐る問いかける声は、どこか震えていた。
「うん。嬉しいよ」
迷いのない返答。その一言が、彼の胸を強く打つ。
(マジかよ!? ってことは……まさか、妹も俺のこと……)
高鳴る鼓動が、一気に期待へと変わる。
「私もね……お兄ちゃんが……好き」
(来たあああ!! 来ちゃったああああ!!)
頭の中で歓声が弾ける。思考は一瞬で祝祭に塗り替えられ、今にも飛び跳ねてしまいそうなほどの喜びが全身を駆け巡る。
だが、その熱狂は――。
「でもね……私……」
その一言で、静かに凍りついた。
彼女の顔から、すっと笑みが消える。
(……ん? な、何だ……? 急に……)
胸の奥に、不吉なざわめきが広がる。
「私はね……変態のお兄ちゃんは、大嫌いなの」
冷ややかな声だった。
「私の手をペロペロしたいなんて、大声で叫ぶような……そんな変態すぎるお兄ちゃんなんて――」
(え……?)
一瞬、理解が追いつかない。
(え? え? ええええええええ!?)
思考が爆発する。
「お、お前……今、ペロペロって……。俺が叫んだ内容……まさか……!」
顔が引きつる。
「うん。ちゃんと聞こえてたよ。全部」
にこり、と。どこか楽しげですらある微笑み。
(ちっきしょおおおおおおお!! こいつ、最初から分かってて聞いてやがったなあああ!!)
心の中で叫びながら、彼は後悔に打ちのめされる。
だが、妹はそんな彼の内心など意に介さず、静かに言葉を重ねた。
「私は、優しいお兄ちゃんが好き。誰にも負けない強いお兄ちゃんが好き。ヒーローみたいに、困ってる人を助けてくれるお兄ちゃんが――大好き」
そこで、わずかに間を置く。
「だからね、変態なお兄ちゃんは……。私が、消してあげる」
その宣告とともに、彼女はベッドから静かに降り立った。
足音は小さい。だが、一歩一歩がやけに重く、確実に距離を詰めてくる。
「ちょ、ちょっと待て! 話せば分かる! な!?」
彼は慌てて両手を前に突き出し、必死に制止を試みる。そのまま後ずさり、距離を取ろうとするが――。
「ううん。変態なお兄ちゃんと話すことなんて、何もないよ」
やわらかな声。だが、その中に一切の迷いはなかった。
彼女は歩みを止めない。
一歩、また一歩と迫るたびに、彼は同じだけ後退する。
だが――。
とん。
背中に、冷たい感触。
逃げ場は、もうない。壁が、彼の退路を完全に断っていた。
そして――。
妹は、ゆっくりと彼の目の前まで歩み寄る。
逃げることも、誤魔化すこともできない距離で、静かに立ち止まった。




