第7話 動揺
彼女は、ゆっくりと上体を起こした。まだ眠気を帯びたまなざしの奥に、かすかな警戒の色が宿る。
「お兄ちゃん……やっぱり、私の部屋に入って来たのね」
「あ、ああ……当たり前じゃないか。お、俺は……い、いつだって……お、お前を求めて――」
言葉は途切れ途切れで、視線も定まらない。明らかに動揺しているその様子は、取り繕う余裕すら失っていた。
つい先ほどまでの、妙な昂ぶりはどこへやら。いま彼の内側を支配しているのは、不安と焦燥、そしてじわじわと膨れ上がる恐怖だった。
まともに妹の顔を見ることすらできず、彼の視線は宙をさまよい続ける。
(や、やべえ……! 起きちまった……! このままだと、俺……殺されるかもしれねえ……!)
額からは冷や汗が滲み出し、鼓動は耳の奥でうるさいほどに鳴り響いていた。
「お兄ちゃん……手、痛い」
その一言で、彼ははっと我に返る。無意識のうちに、彼女の手を強く握りしめていたのだ。
「あっ……! ご、ごめん!」
慌てて手を離すと、彼女の指先がわずかに揺れた。
「うん……大丈夫」
「そ、そうか……」
短い安堵の言葉とは裏腹に、彼の心はまるで落ち着かない。
(こ、ここは……一旦、引くべきだよな……)
逃げるようにこの場を離れるべきだ――理性はそう告げている。
だが。
「ねえ、お兄ちゃん?」
「お、おお……な、何だ?」
呼び止められた瞬間、身体がびくりと強張る。
「さっきね。大きな声で、何か叫んでたでしょ?」
彼女は首をかしげながら、無垢な調子で問いかけた。
「あれ……何て言ってたの?」
――終わった。
(ぎゃあああああああああああああああ!!)
心の中で絶叫が炸裂する。
(やべえええええええええ!! 聞かれてたああああああ!! ど、どうする!? どう誤魔化す!?)
動揺はさらに膨れ上がり、思考は空回りするばかり。
逃げ場のないこの状況の中で、彼は必死に活路を探していた。




