第35話 金髪碧眼の少年とメイドの少女
天道隼斗が玄関の扉を開いた、その瞬間だった。
目の前に立っていたのは、あまりにも場違いな二人組だった。上下を真っ白で統一した学ランに身を包んだ、金髪碧眼の少年。そしてその隣には、黒を基調とした端正なメイド服を着た、黒髪ショートの少女が控えている。
一瞬、隼斗の思考が止まった。ぱちり、と目を見開いたまま固まる。
やがて、ぎこちなく口を開いた。
「ア、アイアム、ア……アン……ア、え……と……」
――ひどかった。
英語が苦手、などという次元ではない。単語すらまともに並ばず、意味を成さない音だけが玄関先に虚しく漂う。
隼斗は、かなりのアホだった。
その様子を見て、隣に立っていたメイド服の少女が、思わず口元に手を当てる。
「ふふ……」
小さな笑い声がこぼれた。
「初めまして。私は至宝院家に仕えるメイド、倉敷揚羽と申します。そして――こちらにおわしますのが、至宝院財閥次期当主、至宝院龍馬様でございます」
流れるような所作で一礼する揚羽。その隣で、金髪の少年――龍馬が静かに口を開いた。
「君は私を外国人だと思って、無理に英語で話そうとしたのだろうが……残念ながら、私はれっきとした日本人だよ。もっとも、父が日本人で母がイギリス人のハーフではあるがね」
「……マジで?」
隼斗の顔から、見る見るうちに緊張が抜けていく。そして次の瞬間、心底ほっとしたように息をついた。
「なんだよ、日本語ペラペラじゃねえか。変に焦っちまったぜ」
「余計な気を使わせてしまったようで、すまない」
龍馬は右手を胸に当て、軽く頭を下げる。その仕草は年齢に似合わず洗練されていた。
「ああ、いいっていいって。勘違いした俺も悪いしな」
「そうか。それなら、この件は水に流そう」
龍馬は小さく頷き、改めて隼斗を見据える。
「ところで――君はこの家の人間なのかな?」
「いや、違うな。俺はこの家の人間じゃない。でも……まあ、深い関わりはあるってとこだ」
「ほう。どのような関わりだ?」
「ここに住んでる爺と婆ちゃん、あの二人がさ。俺の祖父と祖母なんだよ」
一瞬、龍馬の目に理解の色が浮かぶ。
「なるほど……。ということは、君が天道麗奈の兄――天道隼斗か」
「おお、そうだけど……って、何で俺の名前知ってんだよ? もしかして俺、そんなに有名だったりする?」
期待半分で身を乗り出す隼斗。
しかし――
「すまない。君のことは名前しか知らないのだが……君の妹、天道麗奈のことはよく知っている」
その一言で、すべてが崩れた。
「ああ、麗奈ね……」
隼斗は一拍置き、乾いた笑いを浮かべる。
「なるほどな。俺は麗奈の“ついで”ってわけか」
分かっていた。分かってはいたのだ。
それでも――
「まあ、いつものことなんだけどな……」
ぽつりと漏らした言葉とともに、隼斗の肩ががくりと落ちる。
玄関先の空気に、ほんの少しだけ哀愁が混じった。




