第33話 天道ひよ子
「今日は、突然どうしたの?」
天道ひよ子は、盆に載せてきた湯のみと和菓子を一つひとつ丁寧にテーブルへと並べながら、穏やかな声で隼斗に問いかけた。
「いや、実はさ――」
隼斗は右手で後頭部を軽く掻き、どこか言いづらそうに視線を逸らす。そして、家でも外でも食事にありつけなかったという、いささか情けない事情をぽつぽつと語り始めた。
「それじゃあ、今日は朝から何も食べてないの?」
ひよ子の声には、わずかな心配の色が混じる。
「ええと、まあ……そういうことになるかな」
隼斗は苦笑を浮かべながら、曖昧に頷いた。
「だから、その……婆ちゃんに何か作ってもらえないかなって思って来たんだけど……駄目かな?」
少しだけ遠慮がちなその言葉に、
「駄目なわけがないでしょ?」
ひよ子は即座に笑みを深めた。
「可愛い孫が、こんな年寄りを頼ってくれるんだもの。むしろ嬉しいくらいよ」
「そっか。それなら良かった」
隼斗はほっとしたように肩の力を抜く。
「やっぱり婆ちゃんは優しいよな」
「まあ、“優しい”だなんて……」
ひよ子は両手を頬に添え、わざとらしくはにかんでみせた。
「そんなふうに持ち上げたって、一緒にお風呂は入ってあげないからね?」
「何だ、一緒に風呂入ってくれないのか……」
一瞬だけ間を置き、隼斗は慌てて身を乗り出す。
「って! そんなこと、これっぽっちも思ってねえよ!」
「あら、残念……ふふふ」
くすくすと笑うその様子からして、どうやら最初から隼斗の反応を楽しんでいたらしい。
隼斗は呆れたように息をつきながらも、どこか諦めた表情を浮かべる。
「隼斗、ちょっと待っててね。すぐに食事の用意をするから」
「ああ、よろしく」
ひよ子はそう言い残し、軽やかな足取りで居間を後にした。
その背中を見送りながら、隼斗はぽつりと呟く。
「まったく、婆ちゃんは……」
小さく漏れた言葉のあと、ひとつ深いため息が、静かな居間に溶けていった。




