第31話 龍馬と揚羽
街中を走る一台の車が、否応なく人々の視線を引き寄せていた。
それは派手な塗装のせいでもなければ、スーパーカーのような流麗な造形ゆえでもない。理由はただ一つ――その車体が、あまりにも長すぎたからだ。
白く塗られた全長一〇メートルの高級リムジン。その異様な存在感は、通りをゆく者たちに一瞬の沈黙と、次いでざわめきをもたらしていた。
車内には三人の人影がある。
運転席には中年の男。そして後部座席には、メイド服に身を包んだ少女と、白一色の学ランを纏った少年が向かい合うように座っていた。
「龍馬様、本当にこれでよろしかったのでしょうか?」
横向きのソファーに腰掛けたメイド服の少女が、後部座席にゆったりと身を預ける少年に静かに問いかける。
「気に病む必要はない、揚羽」
龍馬は窓の外へと目をやりながら、淡々と答える。
「鈴音を連れて来れば、天道麗奈と戦わせろとうるさいからな」
「……そうですね」
揚羽は小さく頷き、わずかに目を伏せた。
「ですが、それも無理のないことかと。鈴音様は全国中学校武術大会女子の部決勝にて、三度、麗奈様に挑まれましたが――一度として勝利を得ることは叶いませんでした」
「ああ」
短く応じた龍馬の声には、わずかな感慨が滲む。
「鈴音は、我が妹として誇るべき心技と強さを持っている。兄として、それは何よりも誇らしい」
だが、と彼は続けた。
「それでもなお――天道麗奈は、そのすべてにおいて鈴音の上をいっていたということだ」
「はい。麗奈様は“天才”の名に相応しいお方です」
揚羽は迷いなく言い切る。
龍馬はふっと笑みを浮かべた。
「確かにな……。一度、私も手合わせを願いたいものだ。天道麗奈と」
「龍馬様、お戯れを」
揚羽は即座に応じた。その声音は変わらず静かだが、言葉には揺るぎがない。
「たとえ天才と称される麗奈様であっても、龍馬様に勝てるはずがございません」
それは信頼というより、確信に近い断言だった。
「はははっ」
龍馬は愉快そうに笑う。
「確かに、天道麗奈に恐れは感じない」
だが、その目の奥に宿る光が、わずかに鋭さを帯びる。
「私が恐れを覚えたのは――“武神”と呼ばれた男、天道重久。ただ一人だ」
車内の空気が、わずかに張り詰める。
「だからこそ――」
龍馬は静かに拳を握った。
「必ず、この手であの御仁を倒す」
その決意を乗せて、白きリムジンは静かに、しかし確実に進んでいく。
向かう先はただ一つ――天道重久のもとへ。




