表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/36

第29話 麗奈の涙

 天道隼斗は、眠る麗奈の顔をじっと見つめていた。


 規則正しい寝息。微かに上下する胸。無防備に閉じられた瞼――そして、柔らかく結ばれた唇。


 その唇に視線が吸い寄せられたまま、隼斗は小さく喉を鳴らす。


(……全然、起きる気配ねえな)


 胸の内でそう呟きながらも、どこか落ち着かない。


(まあ……この状態で起きられても困るんだが……。いや、ていうか――)


 無意識に、唇をもう一度見つめる。


(早くしねえと……)


 ぐっすり眠っているとはいえ、何かの拍子に目を覚ます可能性はある。そうなれば、この距離、この状況の説明などできるはずもない。


(こんな機会……二度と来ないかもしれねえんだぞ……)


 心臓の鼓動が、やけに大きく響く。


 隼斗は意を決したように、ゆっくりと顔を近づけていく。


 距離が縮まる。


 あと少し――ほんのわずかで触れてしまう、その時。


 ぽたり、と。


 不意に、麗奈の目尻から一筋の涙が零れ落ちた。


(……え?)


 隼斗は思わず動きを止める。


(なんで……泣いてる?)


 はっとして、彼はそっと耳を麗奈の口元へ寄せた。


 聞こえてくるのは、変わらぬ静かな寝息。呼吸のリズムに乱れはない。


(起きてるわけじゃねえ……? じゃあ……)


 考えが一つ、浮かぶ。


(夢……か。嫌な夢でも見てるのか……)


 隼斗はそっと手を伸ばし、指先で涙を拭った。その仕草は、触れることをためらうように、どこまでも優しい。


 そして、小さく息を吐く。


「……馬鹿やろう」


 誰に聞かせるでもなく、かすかな声で呟いた。


「夢の中じゃ、俺が助けに行けねえだろ……」


 少しだけ間を置き、視線を落とす。


「……それに、泣いてるやつにキスなんて、できるかよ」


 苦笑にも似た表情を浮かべると、隼斗はゆっくりと身を起こした。


 未練を断ち切るように一歩下がり、もう一度だけ眠る麗奈を見つめる。


 それから踵を返し、静かに部屋を後にした。


 扉が閉まる音は、驚くほど小さかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ