第16話 意外な状況
隼斗は階段を上がりきると、二階の廊下の奥――麗奈の部屋の前で足を止めた。
軽く息を整え、拳で扉を二度、控えめに叩く。
コン、コン。
わずかな間を置いてから、気の抜けた声を投げかけた。
「おーい、麗奈ー。飯、作ってくれー」
返事は――ない。
(……ん?)
隼斗は首を傾げた。
(おかしいな……返事がねえ。いないのか? それとも、爺の朝稽古でまだ戻ってねえとか?)
そう思いながらも、念のためにとドアノブへ手を伸ばす。
ゆっくりと回し、音を立てないよう慎重に扉を開いた。
わずかに開いた隙間から、室内を覗き込む。
――その瞬間。
視界に飛び込んできた光景に、隼斗は思わず瞬きをした。
ベッドの上。
そこには、無防備な姿で横たわり、すやすやと寝息を立てる麗奈の姿があった。
しばし、言葉を失う。
やがて我に返った隼斗は、そっと部屋の中へ足を踏み入れた。床板が軋まぬよう気を配りながら、一歩ずつ、慎重に歩を進める。
やがてベッドの傍らに辿り着き、立ち止まった。
目の前には、普段とはあまりに違う、静かな寝顔。
隼斗は腕を下ろしたまま、しばらくその姿を見下ろしていた。
(……麗奈のやつ……これ、本当に寝てるのか?)
半信半疑のまま、恐る恐る身をかがめる。
そして、そっと耳を彼女の口元へと近づけた。
すぅ……すぅ……。
規則正しく、穏やかな寝息。
(……っ!?)
次の瞬間、隼斗の内心が大きく揺れる。
(こ、これは……本当に寝てる!? あの麗奈が……寝てるだと!?)
信じがたい光景だった。
天道麗奈は、確かに眠っている。
白のTシャツにピンクのスウェットという気の抜けた格好で、布団すら掛けず、無造作にベッドへ身を投げ出すようにして。
おそらくは、ほんの少し横になるつもりだったのだろう。だが、そのまま抗えぬ眠気に引き込まれ、完全に意識を手放してしまったに違いない。
(……どうしたんだよ、こいつ)
隼斗は小さく眉をひそめる。
(いつもなら、休みの日でもとっくに起きてる時間だろ……)
腕を組み、考え込む。
目の前の状況をどう扱うべきか――。
起こすべきか、それとも、このまま寝かせておくべきか。
静まり返った部屋の中で、隼斗は一人、答えの出ない問いに向き合っていた。




