第14話 不安な帰宅
天道道場を後にした麗奈は、朝の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ゆっくりと歩みを進めていた。向かう先は自宅――だがその足取りは、どこか重い。頭の中では、ただ一つの問題がぐるぐると巡っている。兄・天道隼斗を、どうやって朝稽古へ連れ出すか――そればかりだった。
天道道場は、当主である天道重久の住まう屋敷の敷地内に建てられている。そこから麗奈の家までは、歩いてわずか一〇分ほど。慣れた道のはずなのに、その日の帰り道は妙に長く感じられた。
麗奈は幼い頃から、毎朝欠かさず道場へ通っていた。よほどの体調不良か、どうしても外せない用事でもない限り、一日たりとも稽古を休んだことはない。それは彼女にとって、呼吸と同じくらい自然な日課だった。
本来なら、隼斗も同じだった。兄もまた幼少期より稽古に励み、一日たりとも怠ることはなかった――あの頃までは。
だが、麗奈が聖都女学院中等部へ入学して間もなく、すべてが狂い始めた。夜毎、兄は妹の部屋へ忍び込むという、常軌を逸した行為に及ぶようになったのだ。
当然、麗奈がそれを許すはずもない。彼女は容赦なく、天道流護身術の奥義をもって隼斗を迎え撃ち、毎晩のように彼を気絶させていた。
――その結果。
隼斗は朝、目を覚ますことができなくなった。いや、正確には「起きられない身体にされてしまった」と言うべきか。こうして彼は、朝稽古を欠席するようになってしまったのである。
(どうしよう……どうしたらいいの……?)
答えは見つからないまま、麗奈はいつの間にか自宅の前に立っていた。
玄関をくぐり、いつものように浴室へ向かう。稽古で流した汗をシャワーで洗い流し、さっぱりとした身体に部屋着をまとって、自室へ戻る。
(……今が夏休みで良かった)
ぽつりと、心の中で呟く。
(夜まで時間はあるもの。ゆっくり考えれば、きっと何か思いつくはず……)
そう自分に言い聞かせるように、麗奈はベッドへと身を預けた。
張りつめていた身体が、ようやく緩む。朝稽古と、そして兄の問題――その両方に気を張り続けていたせいか、思っていた以上に疲れが溜まっていたらしい。
瞼を閉じると、意識はすぐに沈み始めた。
やがて麗奈は、抗うこともできぬまま、静かな眠りの底へと落ちていった。




