第13話 状況悪化
「あのね……お爺ちゃんに、聞いて欲しいことがあるの……」
ためらいがちに切り出した麗奈の声は、いつになく小さかった。
「ん? わしに聞いて欲しいこととな?」
重久は不思議そうに眉を上げる。
「うん……実を言うとね……お兄ちゃんには、朝の稽古に来られない理由があるの」
「何じゃと!? ただ寝坊しておるだけではないと言うのか!?」
「うん……」
麗奈は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「恥ずかしいことだから……あんまり言いたくなかったんだけど……」
そう言って、彼女はふいと視線を逸らした。
頬に、わずかな赤みが差している。
重久はその様子に、ただならぬ気配を感じ取った。
「恥ずかしいこと、じゃと……? 一体、何があったというのじゃ?」
(お爺ちゃんに嘘はつけない……)
胸の内で、麗奈は小さく呟く。
(ここは……本当のことを話して、お兄ちゃんを許してもらうしか……)
やがて彼女は意を決したように顔を上げた。
「えっとね……お兄ちゃんは毎晩……私が寝た頃に……その……」
一瞬の沈黙。
そして――。
「……私の部屋に、忍び込んでくるの」
「な、な、な、な、な、何じゃとおおおおおおおおおおおおおッ!!?」
道場が震えた。
重久の絶叫が、梁を揺らすほどに響き渡る。
「お、お爺ちゃん、それでね……」
慌てて言葉を継ごうとする麗奈。
だが――。
「隼斗めええええええええ!! よもや、可愛い孫娘である麗奈に手を出すとは……何と羨ま――」
「え? お爺ちゃん、今なんて言ったの?」
「い、いやいやいや! 違うわい! 実の妹に手を出すとは何たる不届き者か! 断じて許せん! 絶対に許さんぞ、隼斗おおおおおおおおお!!」
慌てて言い直すも、時すでに遅し。
重久の怒りは、すでに頂点へと達していた。
その気迫は、まるで嵐のように荒れ狂う。
「お、お爺ちゃん? ちゃんと最後まで話を聞いて──」
「よいか、麗奈!」
その声は鋼のように固かった。
「明日の朝稽古に――必ず隼斗のやつを連れてくるのじゃ! よいな!」
有無を言わせぬ断言。
次の瞬間、重久は踵を返すと、畳を踏みしめながらそのまま道場を出て行ってしまった。
「お、お爺ちゃん! 待って! まだ話は終わってないの!」
麗奈は慌てて追いかけようとする。
「お兄ちゃんはね、毎晩――私が気絶させちゃってるからで……!」
だが、その声は届かない。
重久の耳には、もはや何も入っていなかった。
取り残された道場で、麗奈は立ち尽くした。
(ど、どうしよう……)
顔から血の気が引いていく。
(お兄ちゃんを助けるつもりだったのに……完全に逆効果になっちゃった……)
最悪の展開が、脳裏をよぎる。
(このままじゃ……明日の朝稽古にお兄ちゃんを連れていかなかったら……)
重久の怒りは、さらに膨れ上がるに違いない。
そして――。
(お兄ちゃんが……本当に、殺されちゃう……!)
麗奈はぎゅっと拳を握りしめた。
もはや迷っている暇はない。
何としてでも――明日、隼斗を道場へ連れて行かなければならないのだから。




