第12話 武神の怒り
「ところで、麗奈や?」
ふと、先ほどまでの稽古の空気を和らげるように、天道重久が口を開いた。
「何? お爺ちゃん?」
呼吸を整えながら、麗奈は首を傾げる。
「隼斗のやつは、どうしたのじゃ?」
「お兄ちゃん? ……たぶん、まだ家で寝てると思う」
その一言で――場の空気が変わった。
「寝ておるじゃと!?」
先ほどまでの穏やかな老人の気配が、一瞬で吹き飛ぶ。
「まったく、あやつは! 何度も何度も朝の稽古をさぼりおってからに! それだけでは飽き足らず、武術を極めんとする者が己の技を試す武術大会に、一度たりとも出ようとせんとは!」
怒声が道場に響き渡る。
その圧は、先ほど麗奈が放っていた気とはまた別種の、純粋な“威”だった。
「わしの孫だからと、今までは大目に見てきたが……!」
ぎし、と床板が軋む。
重久の纏う気配が、明らかに膨れ上がっていた。
「流石のわしも、堪忍袋の緒が切れたわい!!」
その言葉は、もはや宣告に等しかった。
天道隼斗――。
正道館武術学園高等学校に通う一七歳の高校二年生であり、麗奈の実の兄。
そして――この“武神”天道重久を、ここまで本気で怒らせた張本人である。
「隼斗のやつには……この武神と呼ばれた天道重久が、直々にお灸を据えてやる必要がありそうじゃのう!」
低く唸るような声。
それはもはや教育ではなく、天罰の予告だった。
(ま、まずいわ……)
麗奈の背筋に、冷たいものが走る。
(お爺ちゃん……いつにも増して、本気で怒ってる……)
先ほどまで自分と組手をしていた時とは、比べものにならない圧。
もしこのまま重久が隼斗のもとへ向かえば――。
(このままだと……お兄ちゃんの命が危ないかも……)
冗談では済まされない。
麗奈は強く唇を噛みしめた。
そして、考える。
どうすればいいのか。
どうすれば――兄、天道隼斗の命を守れるのか。
少女の思考は、必死に答えを探し始めていた。




