表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/25

第11話 本編開始

 古びた道場――時を重ねた木の香りがほのかに漂うその空間で、畳の上にひとりの少女が静かに立っていた。


 白い道着に身を包み、背筋をまっすぐに伸ばす。結び上げた黒髪のポニーテールが、わずかな呼吸の揺らぎに合わせて小さく揺れた。


 少女はゆっくりと目を閉じ、息を整える。


 吸って、吐いて――その繰り返しの中で、内に秘めた気が静かに研ぎ澄まされていく。


 やがて、瞳が開かれた。


 その瞬間、空気が変わる。


 そして――。


「はあああああああああ! えいッ!」


 裂けるような気合いとともに、少女は一気に間合いを詰めた。踏み込みと同時に繰り出される右の正拳突き。鋭く、迷いのない一撃。


 しかし――。


 対する老人は微動だにしなかった。


 白い道着に身を包んだその老人は、ただ静かに右の掌を差し出す。そして、迫る拳を軽く弾いた。


 それだけで、少女の攻撃はあっさりと軌道を逸らされる。


 だが、少女は止まらない。


 流れるように体勢を立て直し、腰を回転させる。次の瞬間には上段蹴りが閃き、さらに間髪入れずに中段へと連撃を繋ぐ。


 鋭さ、速さ、そして正確さ――どれを取っても一流の域にある攻撃だった。


 だが。


 老人はそれらすべてを、いとも容易く受け流していく。


 受けて、いなして、弾く。


 まるで風が柳を撫でるかのように、少女の技はことごとく空を切った。


 やがて――。


「はぁ……はぁ……」


 少女の呼吸が乱れ始める。額に滲んだ汗が、頬を伝って畳へと落ちた。


「やっぱり……まだ駄目……ね……。お爺ちゃんから……一本も取れない……なんて……」


 悔しさを滲ませながらも、どこか納得したように呟く。


「かっかっかっ!」


 その言葉を受けて、老人は豪快に笑った。


 胸元まで伸びた真っ白な顎鬚をゆっくりと撫でながら、その声は道場の中に高らかに響く。


「可愛い孫娘だからといって、そう易々と一本を取らせるわけにはいかんわい!」


「まったく、もう……。お爺ちゃんは……容赦がないんだから……」


 少女は軽く頬を膨らませる。


 だがその瞳の奥には、不満とは別の感情が宿っていた。


 本気で向き合ってくれる――そのことが、何よりも嬉しいのだ。


 この老人、天道重久てんどうしげひさ


 白き長髭をたくわえたその姿は、一見すればただの好々爺に見える。だがその実、彼は天道流護身術を独自に編み出し、武の頂点に君臨した伝説の武術家である。


 武の世界一を決する『世界最強武術大会』において、前人未到の五〇連覇を達成。


 その偉業により、彼は“武神”の称号を与えられた。


 そして――。


 その“武神”と向かい合っている少女こそ、天道麗奈てんどうれいな


 長い黒髪をリボンで結い上げたポニーテールがよく似合う、愛らしい容姿の少女である。


 だがその内に秘めた実力は、決して見た目に収まるものではない。


 彼女は聖都女学院中等部に通う一四歳の中学三年生。


 毎年夏に開催される全国中学校武術大会・女子の部において、すでに三度の優勝を果たしている。


 ――三連覇。


 その偉業を成し遂げた大会が終わったのは、ほんの一週間前のことだった。


 今は、束の間の休息。


 残りわずかな夏休みを、彼女はこうして――祖父との稽古に費やしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ