サクリッド様と
「ご多忙の中、お邪魔して申し訳ありません」
「いえいえ、ライラック様ならいつでも大歓迎でございます」
私はお昼時が過ぎた頃、異国連合の本部へと訪れていた。
応接室に通されて少しの間待っていると、サクリッド様が笑顔で挨拶をしてくれる。
その笑顔がなぜか胸の痛みを生んだのはどうしてかしら?
「どうぞ、お座りください。それで本日のご用件は?」
「以前に問われたことの返事にまいりました」
私がそう言うと、サクリッド様は少し慌てて咳払いをした。
「……それは婚約の申し出のことで間違いないでしょうか?」
「はい」
私は真っ直ぐにサクリッド様の表情を見て答えた。
すると、サクリッド様もコクリと頷き、
「お聞きしましょう」
背筋を正す。
真剣な瞳で貫かれ、私の決心が鈍ってしまう。
だけど、ここで答えないわけにはいかない。
私は意を決して、言葉を発した。
「申し訳ありません。サクリッド様の申し出には応えられません」
その言葉を伝えるだけで私は疲労困憊。
これほどに心身を疲れさせたことはあまり経験がなかった。
「……」
サクリッド様は少しの間沈黙し、そして微笑んだ。
「理由をお聞きしても?」
「はい、私に好きな人が出来ました。それだけです」
「そうですか……」
私の短い答えを聞いた後、サクリッド様は天井を見上げる。
「ライラック様の意中の方、どなたか分かる気がしますが口にしないでおきましょう。最後に一つだけお聞きしてもよろしいか?」
「どうぞ」
「私のこと、少しは魅力的に見てもらえたでしょうか?」
「とても魅力的でしたわ。答えに迷うくらいには」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
サクリッド様は目を閉じ、頷いた。
そして立ち上がると、
「これからはナディアスに在籍する者として良き隣人であれるように。本日はありがとうございました」
清々しいほどの笑顔で手を差し出してくれた。
その言葉に私もホッとする。
「ええ、これからもよろしくお願いします」
私は差し出された手を受け取り、にっこりと微笑んだ。
こうして話し合いは終了し、応接室から出ると思いっきり息を漏らした。
「……辛いものなのね。想いを断ることって」
「お疲れ様でした」
「こほん……失礼したわね」
出口で待機していた老執事のボレットが私を労い、頭を下げる。
つい恥ずかしいところを見せてしまい、私は苦笑した。
「いえ、それではお出口までご案内します」
「ええ、よろしく」
こうして私は異国連合の本部から出ると、待たせていた馬車に乗り、屋敷へと向かうのだった。
「まだ、もう一人、か」
「失礼いたします」
「ボレットか……」
「振られてしまわれましたか」
「……そう言うな」
サクリッドはソファーに身体を沈め、ただただ天井を見あげていた。
「本気で、惚れていた……」
「ええ、わかりますとも」
「この喪失感、どうしたらいいと思う?」
「時が流れるままに」
「ふふっ……子どものようなことを聞いてしまったな」
「恋とはそういうものでしょう」
サクリッドは大きく深呼吸をして、息を吐いた。
「ボレット、今日は付き合ってもらえるか?」
「この老骨で良ければ、お付き合いさせていただきましょう」
「今宵の酒は、とても辛口のものが飲みたいものだ……」
サクリッドはそう言葉を溢すと同時に、一筋の雫を瞳から流したのだった。




