クリシュ君のその後
「ようこそおいでなさいました」
私たちを真っ先に出向けたのはクリシュだった。
本来ならば一番日の浅いポジションの人間がこなす場所なのに、先頭に立って接客をしている。
長い髪の毛は綺麗に切り揃え、服装はクラシックなスーツ。奇をてらうわけではないが清潔感にあふれた好青年のように見える。
これが三日前までオラオラしていたとは思えない。
「あなた……クリシュ?」
「これはライラック様。本日も麗しい」
どうやら間違いないようである。
「ずいぶんと見違えたわね」
「以前の私はプライドで凝り固まって人間でした。ですがライラック様に打ち砕かれ、生まれ変わったのです」
キラキラとした笑顔が初見ならば好印象を持っただろうが、クリシュであると思うと違和感でしかない。
「そう……」
人間変われるものだと私は心から思った。
「本日はどうなさいますか?」
「特に指名はしないから、席に案内してくれる?」
「かしこまりました。黒服の方、ライラック様のご案内をお願いします」
そうして近くの黒服に案内され、ハオルと並んで席に座るとアダムがやってきた。
「ナイトレディ、ナイトボーイ、ようこそおいでなさいました」
「あら、アダム。接客はいいの?」
「ええ、挨拶をしてくると言って抜けてきました」
「また周囲からの視線が痛くなるじゃない……」
そう思ったのだけど、意外にも周囲からの怒りの視線はまったく感じない。
「どういうこと?」
「迷惑だったクリシュ君を改心させたのがナイトレディということを知ったことで、お嬢様方はナイトレディのことを見直されたようですね」
「思わぬ副作用があったものね」
「ええ、よい作用で助かりました」
クルクルと回るアダムに苦笑していると、クリシュがあるテーブルに接客をしにやってきた。
私はその様子を興味深く見つめる。
すると、
「あら、クリシュ。ずいぶんと頭が高いのじゃなくて?」
「はっ。申し訳ございません」
床に正座をし、頭が床につきそうなほど深々と頭を下げた。
「ふふふ、可愛らしいブタだこと」
そんなクリシュに向け、ふくよかなマダムは吐き捨てるように言い放つ。
以前のクリシュならブチギレていたことだろう。
「ありがとうございますぅ……」
だが、顔を上げたクリシュは恍惚とした表情を浮かべていた。
「人間の言葉を使うなんて、変なブタね?」
「ぶひぃ!ぶひぃ!」
「オホホホ。よく調教されていること」
私は一連のやり取りを呆然として眺めることしかできないでいた。
「……ア、アダム?あそこまでは私やってないと思うのだけど?」
「ナイトレディにポッキリと折られた心を私がさらに丁寧に折り砕き、あのように成形致しました。おかげで罵倒されることで快感を覚えるようになったのです。そうして伯爵の子息という高貴な存在に、罵詈雑言を吐けるとドSなお嬢様方に大人気となりました」
「……そう」
「ナイトレディも罵倒されますか?泣いて喜ぶと思いますよ?」
「……いいえ、結構よ」
「そうですか。憧れの存在は罵倒を好まないとは、クリシュ君は悲しい存在ですね」
「憧れの存在?」
「ええ、今まで培ってきた価値観をグッシャグシャにしてくれたのはナイトレディですからね。おかげでクリシュ君は貴方に畏怖にも近い尊敬を持っていることでしょう。もはや神という存在かもしれません」
「やめさせてほしいのだけれど」
「こればかりはどうしようもありませんね。ナイトレディは彼にとって第二の母なのですから」
「……」
なんということなの。
誰もそこまで捻じ曲げろとは言っていない。
ただ、ひん曲がった根性を真っ直ぐにしてほしかっただけなのに。
「サルドエッジ伯爵にはこのことを知っているのかしら?」
「いいえ。ずいぶんと謙虚になられましたとはお伝えしましたが」
「そうね、そういうことにしておきましょう。だけどパーティーとかであんなふうにならないかしら?」
「大丈夫です。クリシュ君も公私の分別はついておりますので。自分を見せるのは閉鎖的な空間でのみですよ」
「……そう」
心底どうでもいい話しを聞かされた。
だけど、以前の彼よりも幸せそうに見える。
なら、これで良かったのだと思おう。
「ハオルも罵倒されたりしたら喜ぶのかしら?」
「姉様はボクを何だと思っているのですか?」
「このブタ」
私はハオルに向かって冷たく言い放つ。
「……」
するとハオルはなんとも言えない表情を浮かべた。
「おや?素質は十分のようですね」
「そんなことない!」
ハオルは必死になってアダムの言葉を否定する。
「ふふふ、意外な一面見つけちゃったかもね?」
「だから違いますってぇぇぇ!」
そんな涙目なハオルはとても可愛らしいものだった。




