人格矯正
「お前、姉様に向かってなんて口の利き方を!」
「ああん?お坊ちゃんは引っ込んでな。よう、俺はクリシュ。好きに呼べよ」
ハオルを一蹴したクリシュは隣に座ると同時に私の肩を抱く。
確かに顔立ちは整っているけど、その女をバカにしたような笑顔が全てを台無しにしている。
イラッ……
初対面でここまで私を苛つかされた者はいない。
ある意味才能かもしれないわね。
「落ち着きなさい、ハオル」
「はい……」
私はハオルを静かにさせると同時に、自分の気持ちも落ち着かせる。
すぅ……はぁ……
「金はいくらでもあるんだろ?さっさとボトル入れてくれよ。おーいオーダーだ」
そんな私の行動を全て無駄にするかのようにクリシュは近くで待機していた黒服を呼んだ。
「ご注文は?」
黒服が片膝を付き、私に問いかけてきた。
「私とハオルにはお茶を、こいつには水を」
「かしこまりました」
お茶は有料だが、水は無料。
良心的なお店だわ。
「おい!ふざけてんのか!」
オーダーを終えた私にクリシュが睨みつけてくる。
「ふざけてなんかないわよ。あなたの存在になんかに大事なお金を払いたくないの」
「クソ女が!俺がこうしてついてやってんだぞ!いくらでも金を払うべきだろうが!」
「別について欲しくないんだけど?ていうかあんた何様?」
「俺はサルドエッジ伯爵の息子だ!お前とは違う高貴な血筋なんだよ!本来ならこんな場所にいるべき存在じゃないんだ!」
うわぁ……面倒くさいのをつけられたものね……
まあ、あちらも扱いに困っていたのでしょうね。
「じゃあさっさと出ていけば?」
「……ごちゃごちゃうるせぇな!」
「どうせどこに行っても仕事ができなかったんでしょう?それで女性と話すだけで仕事をしている気になれるこの場所へ来たという感じかしら?お父様に見捨てられる一歩手前の段階で」
「な、なんでわかるんだよ!」
「簡単なことよ。あなたと違ってサルドエッジ伯爵は質実剛健なお方。軟弱なあなたのことをしつけ直したいと思っているはずよ。でもどんな職務でもあなたはやる気を出さない。それで最後の手段としてここに送られてきた。女好きなあなたなら少しはやる気を出すと思って」
「……」
呆然とするクリシュ。
沈黙は正解の証拠だろう。
「でもね?サルドエッジ伯爵もあなたも勘違いしているけど、ここは女性を癒す場所であって、あなたみたいなダメ人間を更生させる場所じゃないの。その出来損ないの頭でも理解できたかしら?」
「こ、この……!」
口で敵わないと思ったものが次に行うことは暴力。
だけど、軟弱な者の拳が私の顔に当たることなんてない。
バシッ!
私はクリシュの拳を右手で軽々と掴んだ。
そして思いっきり潰してあげる。
ギリギリ……
「グァァァァァァ!」
「何でも思い通りになる場所はないのよ?お坊ちゃん?」
「は、離せ……!」
「女の力くらいで情けない男ね?でも、お願いするなら態度が違うでしょう?」
「お、お願いします……離してください……」
「はぁ……せっかく繋いだ手を離せと言われるなんてショックですわ……」
私はショックを受けたように弱々しく手を離した。
「俺は……俺はどうすればいいんだよ!」
泣きそうな顔のクリシュが私に向かって吠えてくる。
「そんなこと知らないわよ。私はあなたの親でもないし教師でもないわ」
「……」
「でも、一般的なことを言えば優しい男は好きよ。どんな女性であってもね?」
クリシュは私の言葉を聞いて席を立つと、頭を下げてこの場から離れていった。
それと同時に拍手が起こる。
「良く言ってくれたわ!」
「あの勘違い男嫌いだったのよね!」
「見直したわよ!」
「皆様、お騒がせ致しました。そしてありがとうございます」
私は席を立ち、周囲のテーブルに向かって頭を下げた。
「ライラック様にお願いしてよかったです」
そして賑わいが収まったころに、クリシュをこのテーブルにつけた黒服が最高級のワインを持ってやってくる。
「こちらはお礼のボトルでございます」
「それじゃ楽しませてもらおうかしら」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
それからは誰もこのテーブルに来ることはなく、ハオルと一緒にワインを楽しんだ。
「ありがとうございます……ナイトレディ……」
店を出る際にアダムが頭を下げに来た。
「気にしなくていいわよ。貴族関係のトラブルは難しいものね」
「お断りもできずにどうしたものかと考えておりましたが、これで変わってくれると思っています」
「そう簡単にいくかしら?」
「コテンパンにされた後に優しくされると、人は変われるものです」
「ふふっ……怖い人ね?」
「いえいえ、ナイトレディには敵いません……」
私とアダムは視線を交わした後、笑い合った。




