夢
夢を見ている。
そう実感したのは、私の前に少女の頃だった私がいるから。
「えいっ!えいっ!」
「背筋は曲げずに真っ直ぐ!」
「はいっ!」
五、六歳の頃だったかしら?
黒髪をポニーテールにした幼い私は黒い道着を着て、今よりも少し若いタツ館長の指導を受け、拳を前に突き出している。
懐かしいわね。
この頃にはまだお母様もまだ存命だったはず。
ならタツ館長よりもお母様を見たいわね。
だっていつでも見れるし、あんまり変わってないし。
「かぁつ!」
きゃっ!びっくりしたぁ!
そう思った瞬間、タツ館長がこちらを向いて咆哮をあげた。
「どうしたの?かんちょう?そこにはだれもいないよ?」
「うむ……なにやら不躾な感覚を憶えてな」
……なんて動物じみた感覚の持ち主なのかしら。
改めて恐ろしい人だと思うわ。
「あっ、おかあさま!」
そんな恐怖を感じていると、幼き私が声を上げる。
「はぁい、ライラック。真面目に鍛錬してる?」
首までのショートの黒髪はシャギーカットを施され、黒のパンツスーツスタイルも相まって男装のような雰囲気を醸し出している美女、それが私の母だった。
「おお、ご当主よ。相変わらず美しいのぉ」
「館長もまだまだお元気ね。視線が腹ただしいわ」
にっこりと微笑みながら毒づく母。
そう言えばこういう人だったわね。
「ははは!わしは生涯現役じゃからの!」
「はぁ……現役なのは武の方だけでいいのだけど。あなたはこんな男になってはダメよ?ハオル?」
「はう?」
母に抱かれた幼いハオルが首を傾げる。
「坊っちゃんはいけめんじゃからな。多くの女の子を泣かすタイプになるかもしれんぞ?」
「あの人の優しさを受け継いでくれているから、そんなことにはならないわよ」
お母様、そういったタイプにはならなかったけれど、立派なシスコンに育ってしまいましたわ。
「それで館長?もう終わりの時間でしょう?」
「うむ。軽く拳を振らせておったわい」
「それじゃ、ライラック?着替えて帰りましょうか」
「はい!」
なんてお優しいお母様の微笑み……
涙がこぼれてしまいそうだわ……
「帰ってお風呂に入ったら算数国語といったお勉強、それから社交マナーにダンス、あとピアノと絵を描くお稽古があるからね」
「は、はぁい……」
そう思ったけれど、一気に涙が枯れた。
ものすごっく教育されていたんだったわ。
「相変わらず厳しいすけじゅーるじゃな。もう少し遊ばせてやってもよいと思うがのぉ」
「私も小さいころはそう思っていたわ。両親に厳しくあれこれ勉強させられてきたから。でも今はそれらが私に自信をくれる。貴族の嫌われものであるレミゼラルムーン家。だけど一切の自信を失わずに堂々といられるのは、全てにおいて完璧であるという人としての誇りがあるからなの」
お母様……
確かに、知識でもマナーでも芸術でもあらゆることで知らないということでバカにされたことはなかった。
だからこそ、私は自信を失わずに堂々と一人で社交会の場で立っていられたのね。
「まったくもって厳しい家系じゃのう」
「そう?私は誇りに思っているわ。ナディアスの民たちには愛されているのだから」
「嫌う者よりも愛される者を、か。至言じゃな」
「それじゃ頑張りましょう?ライラック。それがあなたの糧となり、自信となるのだから」
「はい!おかあさま!」
「ふふふ、あなたは私の誇りだわ」
ほとんど記憶に残っていなかった母とのやり取りが、鮮明に映し出されていることに感動でしかない。
「だから、あなたもお帰りなさい」
えっ……?私に向かって?
キョロキョロと周囲を見るけど、私の他に誰もいない。
「待っている人たちがいるのだから」
「はい、お母様」
周囲の光景が溶け出していく中で、母は笑った。
「美しく、たくましく、優しく成長してくれたあなたを、愛しているわ」
ありがとう……お母様……
そして私は目覚めた。
ベッドで寝かされているようで、白い天井から魔光灯の光が照らしてくるので、少し眩しい。
重たい身体を感じつつも、頑張って首を動かしてみると、ベッドの隣には椅子に座ってうとうととしているハオルの姿があった。
先ほどまであんなに小さかったのに……
「ふふふ……」
そう笑ったとき、ハオルの目が開いた。
「姉様!」
「おはようハオル」
「姉様……姉様……!」
「あらあら、いつまで経っても甘えん坊ね?あなたは」
私は泣きじゃくり、ベッドに寄り添うハオルの頭を優しく撫でてあげた。




