歌姫の災難
ようやく書類作業にも目処がつきそうになったある日、私はある来客があることを知った。
「キルグスとローリィ?どういう内容の相談かしら?」
来客予定表に書かれた名前に珍しい二人を発見したので、予定表を持ってきたゼオンに尋ねてみる。
「それがあまり知られたくない相談とのことでしたので、深くは聞いておりません」
「そう。気になるわね」
キルグスは私が運営する劇場の支配人。そしてローリィと言えばナディアスで一番人気のある歌姫。
その二人が揃って訪れ、内密な話があるという。
「うーん……事件の香りがするわね」
「そうですね」
「ずいぶんと他人事のように言うじゃない?」
「解決なさるのはお嬢様なので」
ゼオンはにっこりと微笑んだ。
「気楽に言ってくれるわね……まったく」
そんな彼に大きくため息を吐くと、私も苦笑した。
そうした後に、他の来客の対応を済ませると本日最後の来客であるキルグスとローリィの二人が応接室に訪れる。
コンコン。
「どうぞ」
ノックの音に返事をすると、扉が静かに開いた。
「ライラック様、失礼いたします」
以前に劇のチケットを贈ってくれた好々爺な支配人、キルグスが丁寧に頭を下げてくれる。
それに倣って隣の女性も頭を下げた。
白いベレー帽に丸眼鏡。
艶やかなエメラルドグリーンの紙をお下げにして、地味な格好にしているけど、間違いなくローリィね。
彼女の歌声を何度か劇場まで聴きに行ったことがあるし、舞台裏で挨拶をしたこともある。
「お二人ともこちらの席にどうぞ」
「ありがとうございます」
そんな二人に向かい側にあるソファへと手を差し向けると、二人は感謝の言葉を述べて座った。
「それで?本日はどのような用件かしら?」
「それがですね……こういうものが届きまして……」
私はキルグスから封筒を渡される。
「中を見てもいいかしら?」
「ええ」
開封された封筒の中には一枚の紙が入っている。
その紙を広げると、
ローリィ、前世からの僕の花嫁。
なのに君は僕の愛に応えようとしてくれない。
もしかして、記憶を失っているのかな?
それならば今世で結ばれるのは諦めるから、一緒に逝こう。
君を愛する男より。
世にも気色悪い文が書かれていた。
「うわぁ……」
私の肌に鳥肌が立ってしまう。
「送り主不明のファンレターでして、これは一応犯行予告ですよね……?」
キルグスが口を開くとローリィと一緒にこちらを不安そうに見てくる。
「間違いないわね。イタズラにしては度が過ぎているわ」
「それでどのように対応すればいいかと思い、ご相談に参ったのです……」
「そうね……」
護衛を増やすことは可能だけれど、こういったことは根本的な解決をしないと意味がない。
つまり、犯人を捕まえること。
だけどそれには時間がかかる上にいつローリィが襲われるかわからない。
「まずはローリィさん。あなた当分の間この屋敷で生活なさって」
「よ、よろしいのですか!?」
「ええ、ここの警備は王城と同じくらいよ。安心できるでしょう?」
「もちろんです!」
「そしてこの送り主だけど、特定とまではいかなくても予測できないかしら?愛に応えてくれなかったとあるから、以前にも何かしらの手紙かもしくはアプローチがあったと思うのだけど?」
「それが、貴族の方からは結構なお話を頂いていたり、ファンレターからもそういったことを書かれていたりしたのではっきりとはわかりません……」
「人気者も辛いわね……」
「ですが、特にしつこかった人は覚えています!」
「そう。まずはそちらから当たってみましょうか。その中にいるとすれば追加の脅迫状かアクションがあるかもしれないから」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「いいのよ。あなたの歌声はナディアスの宝もの。それを守るのは私の仕事なのだから」
「ライラック様……」
ローリィは涙を流す。
よほど不安だったのだろう。だけどそれも当然ね。顔も知らない相手が自分の命を狙おうとしているのだから。
「良かったな……ローリィ」
「はい……支配人もありがとうございます……」
祖父と孫のようなやり取りに、先ほど気色悪い手紙で汚れた私の心も和んでいく。
「まずはこの屋敷でゆっくり休みなさい。自宅に必要なものがあれば明日取りに行きましょう。私が一緒に行ってあげるから」
「そ、そんなことまでお願いしていいのですか?」
「男性と一緒に自室に行くのは嫌でしょう?」
「うぅ……ライラック様……本当にありがとうございます……」
「ふふっ……頑張りましょうね。変質者なんかには負けないように」
「はい!頑張ります!」
ようやく見せてくれたローリィの笑顔。
私はこの笑顔を守るために、全力を尽くすことを決めたのだった。




