お待ちかねお姫様
「ふぅ……なんとか誰にも見られずに帰ってくることができたな……」
日付が変わる前に自室へと帰ってきたセイクリッドは上着を脱ぎ、赤を基調としたソファの背もたれに掛け、手に持っていた黒い紙袋を豪華なクリスタル製のテーブルの上に置いた。
そして自身はどさりとソファに腰掛けると、先ほどまでのことを思い返していく。
ほんのりと惚けたライラックの表情。
あの表情は、悪くない感触だったと信じたい。
だが……プレゼントの中身を見てどう思われただろうか?
やはり十年近く前に買ったものを贈るのは駄目だったか?
しかし、あのプレゼントは幼い頃からの私の想いがこもっている。
だからどうしても渡したかったんだ。
はぁ……もはや起きてしまったことを悔いてもどうにもなるまい。
水でも飲むか。
セイクリッドは部屋の隅に置かれている白い冷蔵庫の方へと歩みを進める。
そして中を開けると、ひんやりと冷気が溢れた。
氷の魔力が込められたカートリッジが中を冷やしてくれている。
その中にはガラスの水差しが入っており、セイクリッドは水差しを取り出した。それから冷蔵庫の隣に置かれている木棚からグラスを取り出すと、
コポコポ……
グラスの中に水を流し入れていく。
ゴクゴク……はぁ……
セイクリッドはグラスを手にし、喉を潤すとようやく人心地つけた。
「おっと、買ってきたケーキも冷蔵庫に入れておかないとな」
そう思い、ソファから腰をあげた瞬間。
「ううん……ケーキ……?」
ベッドの方から声が聞こえてきた。
その声に気づいたセイクリッドがベッドに近づくと、
「なぜリリィがここにいる!?」
眠そうに目をこする白のパジャマ姿の妹がいて、驚きの声を上げる。
「私はケーキを……いえお兄様のことが気になってしまって……」
「本音が出ているぞ」
「えへへ……眠くて間違えちゃいました……」
こしこしと目をこすり、両手を上げて身体を伸ばすとリリアンヌはベッドから立ち上がった。
「それでそれで、ライラック様とはお会いできましたか?」
「ああ、運良く会うことができたよ」
「そうですか。良かったですね、お兄様」
「リリィのおかげだ。ありがとう」
「おーほっほっほ!私に感謝することですわね!」
「……その演技はやめなさいと言っているだろう?」
「いいじゃないですか。私のお気に入りなのですから」
リリアンヌが高笑いするのを諌めたセイクリッドは、再びソファに座った。
それに倣うようにリリアンヌもセイクリッドの隣に腰かける。
「ですがそれはさておき、ケーキを食べましょう」
「こんな夜更けに食べるのか?」
「だって、そのためにお兄様の部屋で待っていましたもの」
「……わかったわかった。皿に盛りつけてくるから待っていろ」
キラキラと瞳を輝かせるリリアンヌに根負けしたセイクリッドは立ち上がり、冷蔵庫から紙袋を取り出すと扉の方へと歩みを進めた。
「早くしてくださいねー」
妹のそんな声にセイクリッドはやれやれと肩をすくめた。
「きゃぁぁぁ!これがナイトケーキですの!?真っ黒ですわ!」
テーブルの上に置かれた皿にはワンホールから八分の一サイズにカットされた黒いケーキが載っている。
セイクリッドがどうやってこんなに黒いケーキが出来るのかと聞いたところ、材料にブラックチョコレートをふんだんに使用しているということだった。
「そんなに大きな声を出すな。誰かに聞かれたらどうする?」
「えへへ、私としたことが……それよりも紅茶まで淹れてくださいましたのね?」
「ケーキと紅茶を合わせるのがリリィの好みだろう。それくらいは知っているさ」
「知っていたとしてもそれをちゃんと活かせるかはその人次第です。私のために紅茶を淹れてくれたお兄様は優しい人ですね」
「……あ、ありが」
「それではいただきますわー!」
兄の感謝の言葉を最後まで聞くことなく、リリアンヌはフォークを手にケーキを頬張った。
(ふぅ……)
セイクリッドはそんな妹の様子にため息と微笑みをこぼす。
「んぅぅぅ!美味しいですわー!」
「ふふふ、良かったな」
「はい!ありがとうございます!お兄様!」
感謝するのは私の方だと伝えたいセイクリッドだったが、
幸せそうにケーキを食べるリリアンヌの邪魔はしたくない。
そう思ったセイクリッドは、ただ静かに紅茶を口にするのだった。




