予想外の来訪者
ベレッカに別れを告げて、夕闇に染まる街を馬車で駆けていく。
来るときはそれほどでもなかった往来も増え、自然と馬車のスピードは落ちている。
(今日もまた、にぎやかね)
そんな街の活気が嬉しくて私は自然と笑みをこぼした。
おはよう、ナディアス。
そう心で挨拶すると、止まっていた馬車が動き出す。
ベレッカという初めての友だちもできて、気分がいいわ。
ゆっくりと屋敷に戻りましょうか。
馬車は石畳の上をまるで揺りかごのように、ゆらゆらと揺れていった。
そうして私が屋敷に戻ると、
「はぁ……大量の書類作業が待っているのよね……憂鬱だわ……」
これからの執務を思い出して気が滅入ってしまう。
これもギゼルとポンザたちの愚行が原因で、処理しないといけないことが山のように増えている。
(やれやれね……)
「お帰りなさいませ。お待ちしておりましたよ」
そんな私を出迎えてくれたゼオン。
にっこりと微笑みを浮かべる彼に、自然とため息を吐いてしまった。
「書類作業が待っているのでしょう?」
「ええ、それはもう大量に」
「言わなくてもわかってるから……それじゃ執務室に戻るわ」
「はい。お飲み物はどうされますか?」
「ブラックのコーヒーと甘いクッキーを用意してくれる?」
「かしこまりました」
ゼオンの恭しい礼を受け、執務室にと戻っていると、
「あっお帰りなさいませお嬢様!」
元気いっぱいなアイリスと出会う。
「うふふ、お掃除ご苦労さま。綺麗にしてくれて嬉しいわ」
「これがお仕事ですから!」
手にしたほうきを抱きしめる彼女を見ると、ほっこりとした気持ちになる。
愛らしさの賜物かな?
「よしよし、アイリスは良い子ね」
「お嬢様ぁ……子供扱いはやめてくださいぃ……」
「少し前まではこうすると喜んでくれたのに、私は寂しいわ……」
「こ、こう見えて私も大人です!いつまでも可愛がられてばかりではいられません!」
「そんなこと言わないで?寂しいじゃない?」
「うっ……」
私が気落ちした表情を見せると、アイリスはいたたまれない様子を見せてくれた。
「た、たまにならいいですから……」
もじもじとほうきを握ってそう答えるアイリスに、私の母性本能が燃え上がっていく。
「ああもう、可愛い子ね!」
「お、お嬢様!苦しいですぅ!」
ギュッと力強く抱きしめた結果、アイリスの顔は私の胸に埋まってしまっていた。
「あら、ごめんなさい」
「すぅはぁ……ふぅ……」
「お嬢様、アイリスで遊んでいないでお仕事をお願いいたします」
そんな楽しいときを壊してくれたのが、先ほどまで玄関ホールにいたゼオンだった。
振り返ると、コーヒーとクッキーが載ったトレーを両手で持っている。
「ずいぶんと仕事が早いのね」
「お褒めの言葉、感謝いたします」
別に褒めていない。
そんなことはゼオンもわかっているというのが腹ただしい。
「はいはい。すぐに部屋へと戻るわよ」
「ええ、御一緒させていただきます」
「はぁ……それじゃあね?アイリス」
「はい!お嬢様頑張ってください!」
「ありがとう」
私はアイリスの声援を背中に、執務室がある二階へと歩みを進めた。
「うわぁ……」
そうして部屋へと入った私を出迎えてくれたのは、大量の書類の山。
私の結構広いデスクの上を、ところ狭しとそびえ立っている。
「お嬢様?あまり上品ではないようですが?」
「仕方ないでしょう?いつもの三倍近くはあるのだから」
「どのようなときでも余裕を持つ。それが高貴な立場に立たれるものの振る舞いですよ」
「はいはい……」
「はいは一回で結構です」
まったくもって頭が上がらない。
歳や性別的には兄という立場が相当するのだけど、母親のように事細かくお小言をいただく。
ただ、亡き母は優しかった記憶が残っているのだけど。
私は無言のままデスクに戻ると、椅子に座る。
すると、
ズゴゴゴ……
書類の山に圧倒されそうになる。
コトン。
「それではお嬢様、ご武運を」
デスクの上にある小さなスペースにカップとお皿を置いたゼオンは、にっこりと微笑んだ。
嫌味はまったくないのに、どうも嫌味を感じられてならない。
「ありがとう」
「失礼いたします」
ゼオンが去り、残されたのは私だけ。
「やってやるわよ!」
私はコーヒーを一口飲み、その後にクッキーを一口に放り込んだ。
「はぁぁぁ!」
書類の山の天辺から読み取り、バァンと判子を押していく。
ただ、ひたすらに……
それからどれくらいの時間が経っただろう……
コーヒーはすっかりと冷めてしまい、クッキーも残り少ない。
(はぁ……気分転換したいものね……)
そう思った矢先、コンコンとノックの音が聞こえてくる。
「入りなさい」
「失礼いたします」
「どうしたのゼオン」
「お客様がいらっしゃいました」
「あら?どなた?面会の予定はなかったと思うのだけど」
「それが……」
ゼオンにしてはずいぶんと勿体ぶる。
「セイクリッド殿下です」
「……えっ?」
私は、しっかりとその言葉を聞いたというのに間抜けな言葉で返してしまうのだった。




