王女殿下の裏切り
───セイクリッドの自室───
「お兄様、想いを叶えたいのであればお会いにならなければなりません」
「うぅむ……」
ライラックがベレッカとおしゃべりをしている頃、セイクリッドとリリアンヌもまた会話に花を咲かせていた。
「しかしだな……王族として彼女の屋敷を訪ねることは難しい」
「それなら簡単なことです」
難色を示すセイクリッドに対してリリアンヌはにっこりと微笑んだ。
「どうするつもりだ?」
「変装してお忍びで向かえば良いのです」
「そう簡単には言うがな……」
「あら?ずいぶんと消極的ですわね。お兄様にとってライラック様はその程度の存在なのですか?」
「そういうわけではない!私も会えるのであれば会いたい!だが、彼女には迷惑でないかと悩んでしまう……」
「お兄様は意外と奥手ですのね。以前観賞した演劇のように、情熱的でなければ難しい恋は叶いませんよ?」
「……やけに押しが強いな?なにを企んでいる?」
「失礼ですわね。お兄様の幸せを願っているだけですわ」
じぃっと見つめるセイクリッドにリリアンヌは憤慨するように頬を膨らませた。
(確かに誘拐犯の組織を壊滅させるなんて無茶をした彼女に、一言言いたい気持ちはある。無事だったから良かったものの……)
今朝、新聞を読んだセイクリッドはその一面に驚嘆したことは言うまでもない。
だが、ライラックの強さと優しさに強く惹かれたことも事実である。
毎月の定例会まではまだまだ日があり、彼女に会えるのは当分先のこと。
となれば……
「会いにいこう」
「その意気ですわ、お兄様」
「うむ」
「それでいつお会いになるつもりですか?」
「明日……いや明後日くらいにでも……」
「なにをモニョモニョしてらっしゃるのですか!今日です!私たちだけが知っている通路を使えば誰にも気づかれずに城外へ出られますから!」
「しかし心の準備というものが……」
「決断すれば即座に実行する気概がなくてなにが次期国王ですか!ほら!お忍び用のお洋服を選びますわよ!」
「あ、ああ……」
こうして、セイクリッドは地味な灰色のスーツに茶色の帽子という一般的な服装へと着替えた。
「後はこちらの眼鏡をかければそうはバレないでしょう。そういった服装もお似合いですわ」
「そ、そうか?」
セイクリッドはリリアンヌの言葉に気をよくしたようで、鏡の前で軽くポーズをとってみる。
「うむ……」
腰の後ろに手をやって見てみると、いつもとは違う自分がいて新鮮に思えた。
「決めた。夜になったら外に出る」
「ええ、そうしましょう。お兄様なら護衛を付けなくても心配ないでしょうし、それにナディアスは中央区からライラック様の屋敷までは特に治安もよろしいですからね」
「まさに彼女の手腕だな」
(ふぅ……緊張するな……)
一度行くと決めてしまえば、後は高揚する気持ちを時間まで押さえることが難しく思えてきた。
「……それでですね?お兄様?」
「ん?どうした?」
「私、中央区にあるお菓子屋さんのナイトケーキなるものが食べてみたいのですが……」
チラリチラリと兄へと視線を向ける妹。
これを見た兄は悟った。
今までの強引なまでの押しは、全てこのためだったのだと。
「……買ってくればいいのだな?」
「いいえ!そんなことは申し上げられません!……ですが、たまたま菓子店に訪れることがあれば、お兄様の好意に甘えたいと思います……」
(まったく……リリアンヌには敵わんな……)
セイクリッドは苦笑すると、
「わかったわかった。買ってきてやるから楽しみにしておけ」
「お兄様大好きですわ!」
こうして二人の会話は終わり、リリアンヌは兄の部屋を出た。
「うふふ……」
自室に戻った彼女はニヤリと笑う。
「バカなお兄様……嫌われものの女に入れあげて、王位継承権を剥奪されればいいのだわ……」
先ほどまで天真爛漫だった彼女とは思えないほどに冷酷な笑み。
「おほほほ……おーほっほほほ!」
腰に手を当てて高笑いをしたリリアンヌは、
「今のは悪役令嬢みたいでしたわぁ!」
一転して朗らかな笑顔へと戻っていった。
「前回観賞した劇で愛し合う二人も良いですが、その恋路を邪魔する令嬢も格好良かったですの!うふふ、私にもちゃんと演じられたかしら?」
リリアンヌはドレスのままベッドに飛び込む。
ぽふん。
「ミッドナイトキャットのナイトケーキ……楽しみですわぁ……」
兄の恋路よりもケーキをご所望する妹だった。




