物的証拠など必要ありません
「どうなさいましたか?これほどの慌ただしいご来訪には相応な理由がおありでしょう?」
門の中では騒ぎを聞きつけた耳長の老紳士、ボレットが待っていた。
「不躾な訪問、失礼いたします。簡潔にご説明させていただきますが、私の運営する孤児院から子どもを奪った愚か者の居場所を教えていただきたいの」
「……その愚か者とは?」
「察していらっしゃるのでしょう?ギゼルよ」
「証拠はございますか?」
状況証拠はあれど、物的な証拠はない。
だが……
「これ以上の問答は必要ないわ。サクリッド様を呼んでくれる?」
「ですが……」
「構わんよ、ボレット」
ボレットの言葉を遮るように、サクリッド様がやってきた。
いつものピシッとしたスーツ姿ではなく、白いシャツのボタンを全部止めておらず、胸元が開いた状態。
透き通るような白い肌と黒のボトムの対比が眩しく見える。
「お休み中に失礼いたします」
「いえ、弟がしてはならぬことをしたようですね」
「ええ、虎穴から虎子を奪っていきましたの」
「なるほど。それで怒れる虎がやってきた、ということですか」
「そういうことです」
「かしこまりました。やつが根城としているのは西地区と呼ばれる中でも最西端の寂れた区域にあります」
西地区の中でも中央に近い東部分は栄えているが、中央から離れると王都民は近づき難く、ナディアスの民でも亜人以外は近付くことはない。私の管轄内ではあるけれど、よほどの事件が起こらない限り、もはや治外法権の場所になっている。
そして今回、そのよほどのことが起こった。
「詳しい場所は?」
「いくつかありますので、私がご案内します」
「よろしいので?安全は保証できませんよ?」
「あのようなものを放置した私にも責任はあります。それにあれでも弟です。身内の犯した罪は私も背負わなければなりませんから」
まったく、どうしてこうも兄弟で違うのだろう?
人としてのあり方が違い過ぎね。
「わかりました。着替えは必要ですか?」
「いいえ、必要ありません。案内させていただくだけでよろしいのでしょう?」
「うふふ……荒事は苦手なのかしら?」
「お恥ずかしい話、まったく自信がありません。一応訓練は積んでいるつもりなのですが……」
サクリッド様は恥ずかしそうに微笑む。
「適材適所。上の者が前線に立つ必要はありませんよ」
「そうおっしゃるライラック様は立たれていますが?」
「私の適所はこの街の全てですから」
「愛していらっしゃるにですね。この街を」
「ええ、とっても」
「羨ましい限りです」
「こほん。姉様、お話が長いようです」
「そうね」
ハオルの指摘に、私はすぐに思い直した。
「サクリッド様、馬車の御者席、ハオルの隣に乗ってくださいませ」
「かしこまりました」
私が門から出ようとすると、隣を歩くハオルの歩く速さが落ちていき、サクリッド様の隣へと並んでいった。
そしてボソリとサクリッド様へと話しかける。
その言葉がどのようなことかは聞き取れなかったけど、あまり良い言葉ではないと、私は思った。
「……あまり姉様と仲良くするんじゃないぞ。姉様が愛しているのはこの街なのだからな」
「君が羨ましいね」
「……何がだ?」
「あんなに素晴らしい姉君がいて」
「ふふん。よく分かっているじゃないか」
そうして二人は馬車の御者席に並んで座るのだった。




