令嬢の冷戦
「時間ね」
私が腕時計を見ると、時刻は夜の九時を指していた。
これからが私の本題が始まる。
なのでパーティ会場を抜け出そうとしたとき、ある令嬢たちのグループに囲まれてしまった。
「あら?どちらに行かれるのかしら?ライラック様?」
その筆頭に立つのは同じ伯爵家という立場だった。
確か十六になったばかりのはず。
私とは対照的に長い金髪を優雅に巻き、ストレートとカールが見事と言える。
ドレスは白を基調とした格式高いスタイルながら、少女と女性の狭間である美しさと愛らしさを兼ね備えた名品だと思う。
ふむ……この仕事は王都一と名高いデザイナーのセリオス氏の仕事ね。相変わらず素晴らしいわ。
仕事柄……というわけでもないがつい彼女の着ているドレスに目を奪われてしまっていた。
「ちょっと!挨拶くらいなさいよ!」
それが無視と感じたようで顔を真っ赤にして怒ってくる。
「これは申し訳ありません。リア・バルザーク嬢」
私が深々と頭を下げて一礼をすると満足、というよりは優越感に浸っているように見えた。
私は伯爵家の当主であるが、相手は当主の娘。
格式で言えばこちらの方が上なのだが、私には通常の礼式は当てはまらない。
我がレミゼラルムーン伯爵家というのは名ばかりのものであり、実際に扱われる爵位で言えば男爵よりも下の位置に相当していると言っても過言ではない。
「それにしても祝いの席には不似合いな方ね」
クスクスとお連れの令嬢も私を見て嘲り笑う。
「申し訳ありません。リア嬢のように華やかなドレスは似合わないもので」
これは本心からでた言葉だったが、彼女の琴線に触れたらしい。
「子どもっぽいと言いたいわけ!?」
酷い言いがかりだ。
私としては褒めただけなのに。
「いえ、とんでもございません。リア嬢の美しさはどんな宝石よりも輝いていらっしゃる」
なので私は彼女をまっすぐ見つめて、賛辞の言葉を贈った。
すると、今度は照れた様子で真っ赤になる。
本当に可愛らしい方だ。
「な、なによ!そんな心にもないことばかり言って!そもそもあなたの歳はいくつなのよ!大人ぶって!」
「ふふっ……リア嬢?女性に年齢を聞くものではありませんわ」
別に隠すほどのことでもないが、夜を支配する当主が二十にも満たない年齢だと格好がつかない。
これもさっさと隠居したお父様のせいだ。
せめてもう数年くらい頑張って欲しかった。
「むぅぅぅ……!さっさとお帰りなさい!あなたが治める汚らわしい場所に相応しいものたちが待っているのでしょう!」
おやおや……これには私も穏やかではいられませんね。
「リア嬢。汚らわしい場所とおっしゃいましたが、そこで暮らしている人々も立派な国民なのです。国を治める伯爵家の娘が吐き捨てて良い言葉ではありません」
「ふん!そんな国民などいりませんわ!」
これは筋金入りのお嬢さんですね。
「そこまでにしたまえ。リア」
「お父様!」
どうやら私たちの問答が注目の的になっていたようね。
周囲に輪ができている。
そこから一人の男性がやってきた。
リア嬢がお父様というように、彼女の父であるアルフレッド・バルザーク伯爵。
財務大臣の立場にある要職の方だ。
「これはバルザーク伯爵様。大変失礼いたしました」
「よい。だがあまり娘とは関わらないでほしいものだ」
そちらの方から話されてきたので、どうしようもありませんが?
ただ、そのようなことを言ってもしょうがない。
そろそろ時間も押しているのでここは頭を下げておく。
「かしこまりました」
だが、釘を刺すべきことしておかないとね。
「ですが、財務大臣の娘という立場の方が税を納める方々を汚らわしいとおっしゃるのはいかがなものでしょう?」
「……そこは後で言いつけておく」
「お父様!?」
敬愛する父にお説教をされると知ったリア嬢の顔には、驚きの色が混じる。
まさかこうなるとは思わなかったのだろう。
だが、貴族というものは国民の税で暮らせているのだということを知らないのは彼女の年齢で言い訳ができない。
バルザーク伯爵?甘やかすのも良いですが、世のことを教えるのも親であり貴族の務めですよ?
私はじっとバルザーク伯爵を見つめると、彼は困ったように頷いた。
「それでは皆様方、ご機嫌よう」
そうして私は一礼をすると、その場を後にした。
背中には冷たい視線をいくつも感じるが、もはや心地よいものね。
さぁ、急がなければ。
おまたせしてはならない方がいらっしゃるのだから。
───城内廊下───
パーティ会場を抜けた私は、絨毯の敷かれた廊下を歩いている。
たまに警備の騎士を見かけるが、ほとんどはパーティ会場に人がいるため、静かなものだ。
そうして歩みを進めると、ある一室に到着する。
ここは私の伯爵家に与えられた部屋であり、ここでは王や他の貴族の権限も届かない治外法権の場所。
こういった部屋を持つのは上級貴族の家門に限られていた。
コンコン。
そんな場所にノックをすると、すぐに鍵が開いた。
「お帰りなさい、姉様」
「ただいま。ハオル」
満面の笑顔で出迎えてくれたのは、二つ下の弟。
ハオルシア・レミゼラルムーン。
そんな彼は中性的な見た目で、私の容姿と良く似ている。
黒い髪に瞳。
だが、白い肌は私よりも美しいのではないかと嫉妬すら覚えてしまう。
「姉様、そんなにじっと見られたら照れちゃうよ……」
ハオルは白い肌を紅く染める。
……相変わらず可愛いわね。
「ああ、ごめんなさいね。中に入りましょうか。いろいろと準備もあるから」
「うん」
私は部屋の中へ入ると、しっかりと鍵を閉めた。




