異国連合の本部へ
報告書を読んでから三日の時が過ぎた。
今日がデレリアット侯爵に関する報告期限日。
───ライラックの執務室───
私はゼオンの持ってきた書類の束に目を通す。
「あれから大人しくはしてるみたいね」
一度、第三騎士団に捕まったデレリアット侯爵は、夜遊びすることなく過ごしている。
「はい、仕事に関しても部下に任せっきりのようで屋敷から出ていません」
「頭を引っ込めた亀ね……」
「言い得て妙ですね」
「当然夫婦関係は最悪で、式を挙げてからは夫人は別館で暮らしている、と」
「デレリアット侯爵も肩書さえ手に入れてしまえば夫人のことなどどうでもよかったのでしょう」
「同じ女として、何とか助けてあげたいものね」
「離縁させるにはそれなりの不祥事を暴く必要があるでしょう」
「もう少し時間が必要かしら……」
私たちは、少し沈黙の時間を過ごす。
「あっ、そうだわ」
「なにか良い考えでも」
「異国連合の本部に行ってみましょう」
「敵……とまではいきませんがあまり友好的ではない場所へ向かうつもりですか?」
「ええ、同業のよしみで挨拶がてらにね」
「気軽におっしゃいますね……」
「大丈夫大丈夫。あちらも不用意なことはしないでしょうから」
「賛成はしかねますが、言っても聞かないのでしょう?」
「分かる?」
「長いお付き合いですから。分かりました。護衛はどうされます?」
「いつも通りハオルだけでいいわ。大人数で行けば警戒されるでしょうし」
「……かしこまりました」
おでこに手を当てて、ため息を吐くゼオンだった。
そうして夕方、ナディアスの街が活発になる頃、私とハオルは馬車に揺られて西エリアに向かっている。
「姉様、到着しました」
ハオルが馬車を停めると、中央と西の狭間にある馬車乗り場で降りる。
乗り場のスタッフに馬車を預けると、西エリアへと向かっていく。
今日のドレスは少し派手に黒地に金の斜線が刺繍されたもの。
その他にはフリルなどはなく、東洋の民族衣装に近い。
半袖、足には大きなスリットが入っており、なんとも動きやすい。
ハオルはそんなドレスに不満そうではあるけど、今回は動きやすさが肝要であるので不満を口には出さなかった。
西エリアに入ってすぐに目に付くのは亜人と言われる種族であり、動物の耳や尻尾が特徴の彼らは最近増えてきた移民。
そんな彼らは同じ外国人が運営する異国連合に多く集まっている。
一応、私たちのエリアにも少数は居るのだけどそう多くはない。
そのため、同じ街とは思えないほどに異国感があるけど、街の作りは似たようなものでどのような店かは王都民でも分かるようになっている。
「あらあら、注目の的ね」
「それはそうでしょう。レミゼラルムーン家の当主がいるのですから」
「まあいいわ。さっさと本部に向かいましょう」
「場所は分かるのですか?」
「ゼオンが調べてくれてるわ。本当に有能よね」
「むぅ……」
ゼオンを褒めたのが気に障ったようで、ハオルはふくれっ面になる。
「ほらほら、今はあなたが頼りなんだから」
「はい!姉様はボクが守りますから!」
我が弟ながら単純な子である。
私は笑いながら、道を歩いていた。
そんなときに、
「失礼ですが、ライラック様でいらっしゃいますね?」
黒いスーツを纏った背の高い犬耳を持つ亜人の男が立ち塞がった。
彼の後ろには同じ種族の二人が控えている。
「そうよ」
「どういったご要件でしょうか?」
「貴方がたの本部に挨拶をしようと思って。本部長はいらっしゃるんでしょう?」
この時間には本部に着たばかりのはず。
「ずいぶんとお調べになっているようで?」
「ふふっ。唐突な訪問失礼します」
「……ご案内いたします」
「あら、ありがとう」
先頭の亜人が背中を向けると、ハオルはふっと息を吐いた。
それから五分ほど歩くと、先頭を歩く男たちは三階建ての石造りの建物の前で止まった。
鉄柵の門の内側には緑の芝生があり、噴水も見えるというなかなかに豪華な造りね。
「本部長にお客様だ」
「ああ、分かった」
門番には二人組の亜人の男。
こちらは熊のように大きな身体と耳を持っている。
さすが本部というわけね。
屈強なガードマンだこと。
「申し訳ないが、そちらの少年は身体を改めさせてもらえるか?」
「ええ、もちろんよ。ハオル、よろしくね」
「分かりました」
ハオルは両手を上げると、二人のガードマンは胸元や腰のポケット辺りを探っていく。
「協力感謝する」
「いえ」
ハオルは短く答えると、スーツを着直した。
「それではどうぞ」
その言葉と同時に、二人の門番が鉄柵をキィィィ……と小さな音立てて開いていく。
───異国連合本部、本部長執務室───
コンコン。
「失礼いたします。レミゼラルムーン家当主、ライラック様がお見えです」
耳が鋭く長い老年の執事が、扉を叩き報告する。
「そうか。すぐに応接室へご案内しろ」
「かしこまりました」
その指示を聞いた執事は執務室の扉の前から立ち去った。
「ふふっ……黒き薔薇の令嬢……はてさていったいどのようなご要件かな?」
静かに笑う男の赤い瞳が妖しく輝くのだった。




