トラブルは日常に
女性の悲鳴と共に私たちは一斉に振り返る。
すると、
「ピアノの演奏なんかやめて俺に酌しろよ」
「や、やめてください!私はピアニストなのでそういったことは致しません!」
一人の趣味悪く着飾った男がピアノが置かれているステージに上がり、薄緑色のドレスを着た女性に絡んでいる現場を目撃した。
先ほどまで静かな演奏が流れていた場所が、一瞬で騒然となる。
「いいからしろよ!金ならいくらでも払ってやるからよ!」
「きゃぁ!」
男は女性に腕を掴むと、引き倒すように力を込めた。
さて、お仕事の時間のよう。
「行くわよハオル」
「……姉様ごめんなさい。僕、まだ動けません」
……さすがに食べさせ過ぎたかしら。
ハオルはお腹を押さえている。
ならばと思い、私一人で男を取り押さえようと思ったのだけど。
「おい、さっさとその手を離せ!」
「貴方のような不粋な輩は目障りですね」
ハルトとシェルドが壇上に颯爽と上っていた。
ここはお任せしようかしらね。
あっ、でも彼らはプライベートだし、やっぱり私が……
「関係ない奴は引っ込んでろ!俺を誰だと思ってるんだ!」
「ただの酔っ払いだろう」
「そうですね」
「お、俺はデレリアット侯爵家の当主だぞ!」
デレリアット侯爵家。
平民だった富豪が侯爵家の令嬢を金で買ったと言われている。
その理由は男が四十代であるのに、令嬢はまだ十八だったからだ。
デレリアット家は事業に失敗した末に、娘を売り飛ばしたとして社交界では噂の的であった。
一応新婚だというのに、早速女遊び。
しかも無理やりにとなれば、人間性は塵以下に等しい。
中途半端な長さの茶髪にくるんと曲がった髭、でっぷりと肥えたお腹と顔、豪華な金の刺繍が入ったスーツと似合っていなさ過ぎる。
「ではそちらの方が適任かな」
シェルドが一歩下がり、ハルトが一歩前に進む。
「ああ!私は第三騎士団のハルトだ!婦女暴行の現行犯で逮捕する!」
「げっ……!」
散々と威張り散らしていたデレリアット侯爵だが、自分よりも立場が大きい存在には弱々しくなるようね。
「べ、別に暴行しようとしたわけではない……ただ一緒に酒を飲まないかと誘っただけだ……」
「いいや!貴殿の行動はそういった類のものでは収まらない!演奏中のピアニストの邪魔をするなど貴族の風上にも置けんわ!」
あら、一応貴族相手だと喋り方が変わるのね。
……私には結構フランクだったけど。
「うぅ……」
一気に酔いが醒めたのだろうか。
ステージ上でドスンと腰を落とした。
「シェルド、すまんが拘置所に案内してもらえないか?一晩そこで反省してもらおう」
「ああ、もちろんだ」
「お嬢さんもそれでいいかな?」
「はい!こってりと絞ってやってください!後、慰謝料も請求します!」
さすがナディアスの住人ね。
泣き寝入りはしない。
「ははは、その辺りは弁護士にお願いしてくれ」
「それではレミゼラルムーン伯爵。私たちはこれにて失礼いたします」
ハルトが取り押さえている間にシェルドがこちらへとやってきて、丁寧な挨拶をくれた。
「ええ、本来はこちらで対処するところを感謝するわ」
「いえいえ、ハルトも私も目の前の愚行に義を示しただけですので。あっ、それと」
来るわね!
「そちらのドレス。良く似合っておりますが、少し露出が多いかと思いますので、ショールなどを羽織っていただけたら私としては嬉しく思います」
「……ふふっ。覚えておくわ」
覚悟を決めていたおかげで、シェルドの褒め言葉に上手く対処できた。
「それでは失礼いたします」
「ではライラック様!またご縁があることを願っています!」
そうして二人は、デレリアットを連れて店を出ていく。
その後、客たちは先ほどのことを酒の肴にして語り合うのだった。
一方私はというと、
「うぅ……お腹が苦しい……」
「ごめんなさいね……ハオル……」
いまだに苦しむ弟に、申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
ただ、デレリアット侯爵家……
お金の流れを調べてみる必要がありそうね。




