母と子
屋敷を出た私たちはまず比較的近くにある孤児院へと向かった。
夕暮れ時の孤児院の庭では遊具で遊ぶ子どもたちの姿があり、私たちを見つけるとすぐさま駆け出してきた。
「ライラお姉ちゃんだぁ!」
「ハオル君もいるぅ!」
「なんで姉様はお姉ちゃんで僕は君呼びなんだ……」
私の周りには男の子、ハオルの周りには女の子が集まりあっという間に賑やかなことになる。
「あらあら、いらっしゃいませ。ライラちゃん……あらやだ。ご当主さまね。いつも間違えちゃうわ」
「院長先生。いいですよ」
昔からここの職員として勤め上げ、今は院長になったニルナさんがニコニコと変わらぬ笑みで私に微笑んでくれた。
すっかりと白くなってきた髪だけどしっかりと肩ほどで切り揃え、可愛らしい犬のエプロンを着用しており、まだまだ子どもたちと楽しくやっているようね。
「あら、お嬢様とハオル君。おはようございまーす」
そう思っていると、子どもを連れた綺羅びやかな女性たちがやってきた。
彼女たちはそろそろ営業を開始するラウンジのホステスたち。
ここは孤児院でもあるけど、託児所でもある。
「今日はお店に来てくれるんですか?」
その中でも一際輝きを放つ女性が、私に話しかけてきた。
彼女はナディアスでもトップクラスに高級なラウンジのホステス、サリーナさんだ。
年齢は……こほん、不詳ということで。
淡い銀髪のロングヘアーに優しそうな垂れ目。
それに加えて包容力たっぷりの大きな胸。
彼女が男性に人気があるのも理解できる。
「ええ、オーナーともお話しを聞かせてもらおうと思うので」
「うふふ、そうですか。ならお店の女の子も喜びます」
「私目当てではなく、ハオル目当てでしょう?」
「否定はできませんね」
まったく、ハオルの人気はすごいものだ。
今もお姉さんや女の子たちに囲まれてあたふたとしている。
「……」
そんなサリーナさんと手を繋いでいるのが、彼女の息子さんであるリアット君。
「こんにちは」
「……こんにちは」
彼はサリーナさんによく似た銀髪の男の子だけど、人見知りのようでなかなか仲良くなれないでいる。
「ふぅ……まだまだ仲良くなれないみたいね」
ギュッとサリーナさんの腕を掴んで、背中に隠れるリアット君を見て少々自身がなくなってしまう。
これでも子どもと仲良くするのは得意なのだけど。
「うふっ。照れてるだけなのですよ?お嬢様と会えた日の後はとってもご機嫌なのですから」
「あら、嬉しいわ」
「……ママ、言わないでってお願いしたのに」
「うふふ……ごめんなさいね?」
母と息子。
なんとも微笑ましい光景ね。
今ではこんなに笑うサリーナさんだが、数年前に初めて会ったときは酷い有様だった。
雨の降るナディアスをリアット君を抱えてふらふらと彷徨っていたのだから。
そんな彼女を見つけたのがお父様。
お父様は濡れた彼女たちを屋敷に連れ帰ると、温かい食事やお風呂など一時の安らぎを与えた。
そして私も次期当主として応接室に並び、事情を聞いてみることになった。
サリーナさんは元々隣国の貴族だったようだ。
その屋敷で働く使用人と恋に落ちたが、それは許されぬ恋だった。
なので駆け落ちをして、この国にやってきたという。
だが、夫が病気で亡くなってしまい、お金を稼ごうにも箱入り娘だったサリーナさんには生計を立てる手段がなかった。
やがて借りていた住居を失い、行くあてもないままナディアスへと流れてきたということだった。
そんな彼女に父はこう言った。
「力になれるとは思う。だが、ここは真っ当とは言えない場所だ。なので元貴族令嬢の貴女には汚らわしいと思うかもしれないが、それでもここで生きていこうと決められるかな?」
「私には、この子を育てるという希望があります。なのでどのようなことでも良いので生きる為の力をください」
強い母の言葉だった。
「わかった。これで君は私の街の住人だ。住む場所と仕事を与えよう」
「あ、ありがとうございます……」
父の厳しさと優しさと、サリーナさんという女性の強さを知った日だった。
私のお母様もこのような女性だったのだろうか?
身体の弱かったお母様は私が小さな頃に亡くなってしまったが、それでも私を見つめる優しい瞳は覚えている。
薄桃色の髪と瞳が美しい母だった。
「ライラお嬢様どうされました?ボーっと見つめてらっしゃって?」
「い、いえ……少し母のことを思い出して……あっ!私がまだ小さかった頃の母ですからね!?」
「うふふ……女の子も欲しかったな……」
サリーナさんはそう言うと、私の頭を撫でてくれる。
「あらあら、そうやってると姉妹みたいだねぇ」
ニルナ院長先生が笑顔でそう言うと、急に恥ずかしくなった。
「あ、あの……サリーナさん……他に人もいるので……」
「意外と照れ屋さんですね」
サリーナさんの言葉に、私の顔は赤くなるのだった。




