令嬢の戦闘準備(お着替え)
シェルドが屋敷を去っていた後、窓の外を見てみれば外は夕焼けに染まろうとしていた。
結構長く話したものね。
そろそろ街へと繰り出す頃じゃない。
私は応接室から出るとすぐにハオルがいた。
「姉様、お疲れ様です」
「ありがとう」
「……僕も一緒に話をお聞きしたかったのに」
「貴方がいたらなかなか話が進まないから仕方ないでしょう?」
「うぅ……だって……」
シェルドはそうでもないが、ハオルはシェルドのことを嫌っている。
生真面目な人間同士なのに合わないこともあるのね。
「もぉ、早く機嫌を直しなさい?一緒に街を見回るのだから」
「わかりました!」
ふふっ、現金なものね。
すぐに機嫌が良くなるのだから。
「じゃあ着替えたら広間に集合ね」
「はい!」
こうして私は二階にある自室へと戻っていく。
だけどその前に一階にありメイドたちの待機場所に寄る。
そこには数人のメイドたちとアイリスが談笑していた。
「話し中に悪いのだけどアイリス、着替えを手伝ってくれる?」
「かしこまりました!行ってきます」
「はぁい。いってらっしゃい」
柔和な御婦人メイドたちが笑顔で見送ってくれる。
年若いアイリスを我が娘のように可愛がられており、彼女は人気者だ。
「本日はどういったドレスにされます?」
「そうね。任せるわ」
「またそれですか?お嬢様ももっとおしゃれに目覚めましょうよ」
「そうは言うけど私の持っているドレスって黒ばかりよ?多少の装飾の違いはあれどどれも一緒じゃない」
私の答えにアイリスは大きなため息を吐く。
「はぁ……お嬢様ってとっても美人で性格も良くて頭も良くいらっしゃる上に芸術、武術の嗜みまであるという完璧な令嬢。だというのに、なぜファッションには興味がないのですか!?」
「いやね。ちゃんと興味はあるから自分で選んで購入しているじゃない」
「なら今日の気分に合わせてデザインも選びましょう!」
「えぇ……」
「えぇじゃありません!さぁ選びましょう!」
私の部屋の中にある衣装室。
そこには大量の黒いドレスがところ狭しと並んでいる。
お父様の言いつけでこうなったのだけどその理由が、レミゼラルムーン家の独身は黒のみを纏うという家訓がある為。(さすがに家の中までは適用されないけど、先ほどのように来客があれば着替えなくてはならない)
なので私も結婚すれば黒以外のドレスを着れるわけなの。
「結婚かぁ……」
「ふぇ……」
思わず出た言葉にアイリスがわなわなと震える。
「お嬢様!?結婚なさるのですか!?お相手は!?」
「ちょっとちょっと!?まだまだしないって!相手もいないことだし!」
「ですがですが!お嬢様の口から結婚という二文字が!」
「それは黒じゃないものを着れるのが既婚者になったときだと思っただけだからね」
「本当ですか!?」
アイリスは大きな瞳にうるうると涙を溜めてこちらを見てくる。
「本当よ」
「うぅ……お嬢様ぁぁぁ!アイリスはアイリスはぁぁぁ!」
溜まりに溜まっていた涙が流れ出した結果、私の着替えは遅れに遅れてしまった。
その後なんとか泣き止んだアイリスに、自分で選んだダイヤの蝶が胸元で輝くドレスを着付けてもらう。
薄手のドレスで、動きやすく気に入っているものの一つだ。
そして髪は後ろで高く結び、紫の口紅と同じ色のアイシャドウで彩った。
「うん!完璧ですね!」
「ありがとうアイリス」
「いえいえ!それではお気をつけて行ってらっしゃいませ!」
部屋を出て、アイリスの視線を背中に感じながら私は廊下を歩き、階段を降りていく。
するとそこには、黒のタキシードを着たハオルが待っていた。
「姉様……」
「お待たせ」
「そのドレス、少し露出が多くありませんか?」
「そう?」
確かに昨日のフォーマルなドレスと比べたら胸元は開き、足にはスリットも入っている。
だけどナディアスの誇る歌姫や女優たちに比べたら、控えめな方なのだけど。
「ハオルは気にしすぎよ。ほら、行きましょう?」
「うぅ……また姉様が野獣共の視線に晒されることに……」
ハオルはまだ後ろの方で何かを呟いていたのだけど、諦めたようにトボトボと付いてきた。
さぁ、今日も欲望渦巻く街の平穏を祈って、出かけましょう。
毎度そう祈りながら屋敷を出るのだが、平穏だった日は一度もないことは秘密ね。




