衝撃的な話
私は家に帰ると、腕が痛むふりをして、お爺ちゃん先生を呼んでもらった。
「先生、お忙しいところすすみません」
「いや何、今日の放課後メイリア様が婚約者と派手にやり合っていたと孫から聞いていたので、呼ばれるかもしれないと思っておりましたから」
お孫さんどこにいたんだろう。どうやら私のことを心配してくれているらしい。
「腕の怪我は、大丈夫ですか?」
「はい、保健室で手当てをしていただき、実はもう痛みはありません」
そう。保健室で保健医に治癒魔法をかけてもらい腕の痛みは消えていた。周りには分からないように念のためわざと痛みが残っているふりをして保健医に包帯を巻いてもらい帰ってきたのだ。
腕のことまで伝わっているとなると、もしや3人の誰かがお孫さんなのだろうか。ただ、本人が名乗り出るまではそっとしておくほうが良いのかもしれない。
「それで先生に折り入ってお願いがあるのですが……」
「陛下ですね」
このテンポの良さ。私が10しゃべらなくても伝わるこの賢さよ。婚約者に爪の垢でも煎じで飲ませてやりたい。
「実は以前私の方から婚約解消をメイリア様には勧めていたんです。孫から聞く話があまりにも酷くて……ですが、その時はまだ愛してるので見守ってほしいとおっしゃられて内心歯がゆく思っておりました」
ですよね。私も先生と同意見です。
どれだけ愛しても愛を返してくれない相手を想い続けるなんて不毛すぎる。
「以前のメイリア様はただただ耐えられるばかりで……記憶を失くされてご自身の感情を出されるようになって、正直ほっとしております。……いつか消えて失くなりそうな危うさがありましたから……」
いや、本当に先生は鋭い。本物のメイリアは既にここにはいない。
「先生、王命の婚約を解消などできるでしょうか?」
「大丈夫です。実は聖女には万が一を避けるために影がついておりましてな、その影からも聖女と婚約者の貴方へのあたりがきついことは報告されていたんです。そこに来て、今回の階段事件もあり、メイリア様が望めばいつでも解消できる準備は整っております」
本当にありがたいけれど、なぜここまでしてくれるのだろうか。ただの医師と患者の関係のはずなのに。小説には2人の関係性については出てこなかったし……。
しかも聖女に影がついてることまで知っているなんて、先生は何者何だろう。
「先生、私のためになぜここまでしてくださるんですか?」
「いや、私はほとんど何もしておりません。メイリア様も薄々気付かれたのではないかと思いますが、侯爵様が私の話を聞いて以来ご心配されておりましてな。私に陛下への取り次ぎを頼み、聖女へ影をつけることを提案され、万が一貴方に不利益を与えるようなら婚約を解消できるよう話をつけておられたのです」
「お父様が?」
「はい。不器用な方で貴方にはちっとも伝わっておりませんでしたが、ずっとご心配されておいででした。昨日貴方が初めて相談をしてくれたと朝から侯爵様に呼ばれて惚気られましたので、貴方も気付かれたのだと思ったのですが違いましたか?」
確かに父は私が相談して笑みを浮かべた気はしたが……。
「……昨日の対応が殊の外速かったのでもしかしたらと思いましたが……本当にお父様が?」
あの、私が3日間ぶりに目覚めたのに怒鳴ってきた父が?
「はい。……これも内緒にしておくように言われていたのですが、貴方が倒れられた3日間、侯爵様はつきっきりで看病をされておりました。たまたま、急用で席を外した時に貴方が目覚められ、しかも目覚めた貴方に心配のあまり怒鳴られたと聞いて、ほとほと運がない方だと思ってもおりましたが」
父よ!わかりにくすぎる!しかも私へのフォロー0で全く私には伝わっていない。
「……言葉が足りないにもほどがありませんか?」
お爺ちゃん先生はにっこりと微笑まれた。
「私もそう思います。ぜひ、直接侯爵様に文句を言ってやってください。本当にあの方は貴方に関してはことごとくやることなすこと裏目にでて、ここ何年も貴方が寂しい思いをしているにもかかわらず見守ることしかして来ませんでしたからな」
本当に残念だ。できたら本当のメイリアに今の言葉を伝えたい。この件が片付いたら入れ替わりを元に戻せないか方法を探してみても良いかもしれない。ただ、入れ替わりから戻って婚約者にまた不毛な愛を傾けたり、魔王化したりするかもしれないから何がメイリアにとって一番良いのか慎重に考えないと。
ただ、それも全て片付いてからだ。
「でも、先生。それならなぜ記憶のことで嘘をつくように私に言ったんですか?」
そう、父が私にとって良い人ならもう一つ疑問が残る。
「それはですな、溺愛する貴方の記憶が失われたままだと侯爵様が知れば、相手に何をするか分からないと思い提案させていただきました。今の貴方ならおそらく侯爵様と話もできるでしょうし、侯爵様も直接的な手段は相手にとられないでしょう」
そっち!?私じゃなくて相手の心配をして、先生は提案していたの!?
なんだかいろいろ衝撃を受ける話であったが、婚約解消は問題なくできそうである。後は破棄までもっていけるか……。私を溺愛しているらしい父に相談せねば。