底が浅い2人
昼休みが終わっても教室はどことなく重い雰囲気のままであった。チラチラとこちらを伺う視線も感じるが、さっきの3人のように話しかけてくることは無かった。
聖女と新たな取り巻き2人はというとエリオットに相談して少し気持ちが落ち着いたのか、笑顔で話をしている。
さすがヒロイン。切り替えが早い。
といっても自分のことでいっぱいいっぱいなのか特に私に話しかけてくることもない。そのまま今日の授業も終わり、このまま平穏な1日を送れるかと思いきや、またしても廊下で婚約者様に話しかけられた。
「……話がある。ついて来い」
いやいやいや。命令ですか。
確か昨日俺に近づくなとか言ってませんでした?
「……何のご用でしょうか?」
「しらばっくれるな!!退学した2人のことに決まっているだろう」
大きな声が廊下に響く。
クズなだけじゃなくて本当に馬鹿。
皆分かっていてもあえて口に出さなかったのに。
「エリオット様来ていただけたんですね」
声を聞きつけた聖女と取り巻き2人が、満面の笑みを浮かべてエリオットに駆け寄る。
「……あの、他の生徒の迷惑になりますし、長くなるようなら教室に入りますか?」
そう言って私は教室に逆戻りした。
教室の中にはまだ数人残っていたが、空気を読んでバタバタと教室から出て行き、教室には私達だけとなった。
エリオットが重い口を開く。
「どうして2人が退学になった?」
「……なぜそれを私に聞かれるのですか?」
「2人の家はお前の父親が派閥の長だろう。急に来なくなるなど何か圧力があったに決まっている」
そこまで理解していながらなぜ私を問いただすのか理解に苦しむ。
「……あの、私にはそのような力はありませんが」
「でも、私昨日聞きました。メイリア様がお父様にご相談なさると……」
聖女が口を挟んでくる。
いやだから、そこまで分かっていてなぜ私に聞く。
「ですから、なんども繰り返しになりますが、私にはそんな力はありません。もし気になるようなら、お父上を通してそれぞれの家庭にお聞きになったらどうでしょう?」
方法はそれしかない。家のことだから教えてもらえない可能性は高いけど。
「そんなことできるわけないだろう!」
……えっと、自分ができないことをなぜ私に言うのでしょうか?
「……あの、もう行って良いですか?いくらお伝えしても、堂々巡りのようなので……」
私も暇ではない。これ以上付き合っていられないと、その場を立ち去ろうとすると、エリオットに腕を掴まれた。
「痛い!!」
騎士科に所属しているだけに力が強い。
「逃げるのか!」
私が「痛い」と言っているのに、全く力をゆるめない。目が血ばしっているから、興奮して周りが見れてないのかもしれないけれど、女性に暴力をふるうなどドン引きである。
「……逃げるのではなく、話が通じないので終わらせただけです。エリオット様、昨日もお伝えしましたが私のことをお嫌いならお父上にご相談ください。それと痛いので腕を離してください」
早く離して!!
私は腕を引き抜こうとするが、力が全くゆるまない。
「エリオット、お父上に相談しましょう。私も一緒にいきますわ。このように話が通じない人、きっと何を言っても無駄よ」
「……だが、クレアの大切な友達が……」
「いいんです。また、新しい友達ができましたので」
聖女はそう言って、隣の2人を見る。
2人は私達のやり取りを見てどことなく微妙な顔つきをしている。
うわ、聖女切り捨てるのが早くない?2人も早く逃げた方が身の為だと思うけど。
腕がどんどんしびれてくる。
エリオット、絶対に許さんからな。
「……だが、コイツのせいでまた同じことが起こったら……きちんと分からせとかないと」
エリオットは腕をつかんだままこちらを憎憎しげな瞳で睨みつける。
「そのようなことが起こらないように、お父上に今の状況をお話ししましょう。婚約破棄できるように……」
よし。聖女、そのまま婚約者を連れて行ってくれ。
「しかし……父上は……」
ガラッ
「何をしている!下校時間はとっくに過ぎているから早く下校しろ!おまけになぜ騎士科のヤツが教室にいるんだ!」
担任の教師が教室に入って来てエリオットの言葉を遮った。と、同時に腕を離される。
「……すみません。クレア、行こう」
その言葉を聞くやいなや、エリオットは聖女と取り巻き2人とともに私を気にする様子もなく足早に教室を出て行く。
「……ほどほどにしとけよ」
担任はじろりと私を見ると一言告げて教室を出た。
おそらく今回の件、担任は薄々気づいているのだろう。軽く釘を刺される。
「相手次第です」
そう。実害が無ければそこまでする気は……聖女と婚約者には有るかもしれない。実際実害が出ているし……。
私は赤くなった腕を見る。
それにしても、ヒーローとヒロインこんな性格だっただろうか?小説ではもちろんヒーロー目線で描かれていたからあまり感じることは無かったが、あまりにも考えの底が浅すぎる。こんなに直情的なら私でなくともすぐに誰かに嵌められて終わりそうだ。
もしかして、ヒロインの魅了にかかっているなどで私に関してのみ馬鹿になる感じ?ここまで一方的に嫌う理由もヒロインの言葉を全て鵜呑みにしてるとなれば分からなくは無いし……。小説のヒロイン設定には描かれていなかったけどそうなのか、それとも小説の世界と現実のメイリアがいる世界が異なっていてもともと根っからの馬鹿なのか……。
分からないことが多いが、とにかく早くあの2人とは縁を切らないとヤバいのだけは分かる。
「……メイリア様、大丈夫ですか?」
昼休みに私に謝罪してくれた令嬢達が顔を出す。
「大きな声が響いていたので先生を呼んで来たのですが……」
どうやら担任が教室に来たのは偶然ではないらしい。わざわざ心配してくれるなんて本当にありがたい。
「ありがとうございます。本当に助かりましたわ」
私は笑顔で答える。
「メイリア様!腕をどうされたんですか?」
目敏く私の腕が赤くなっていることにも気づいてくれる。
「……良かったら、保健室までご一緒してくれませんか?」
「もちろんです。すぐに行きましょう」
よし!証人ゲット。見ていろよエリオット。私の忠告を聞かなかかったことと、暴力を振るったこと死ぬほど後悔させてやる。ヒーローだからと許さんからな。
私は3人に事情を伝えながら保健室へ向かった。