婚約者はクズ
昼休みになり、聖女様御一行は食堂へ食べに行くようである。お優しい聖女様は私も誘ってくださったが「昼食を持ってきているので」と丁重にお断りした。
「せっかくクレア様が誘ってくださったのに」
「一人寂しく食べたら良いのよ」
取り巻きが捨て台詞を吐いて教室を出て行く。もちろん私は華麗にスルーである。ここって淑女科ですよね……。どこに淑女がいるのでしょうか?
ま、私たちを遠巻きに見ている方々がそうなのかもしれないけど。
さ、腹が減っては戦はできぬと言うし、朝食の残り物を詰め込んだお弁当を食べるとしよう。
教室を出たところで、金髪碧眼の男性が声をかけてきた。
「……メイリア、話がある」
すらりとした長身、ほどよくついた筋肉、顔立ちも思わず見惚れてしまうほど整っている。そしてメイリアを呼び捨てにする人物。
メインヒーローの婚約者来た――!!
「……何の話でしょう?」
私は胸をドキドキさせながら、平静を装って答えた。確かに顔が良い!!
「なぜあんな馬鹿な真似をしたんだ?」
えっと。私が自分から階段を落ちた話?
「……どういう意味でしょう?」
「それほどまでに、俺の気を惹きたかったのか?」
いやいやいや。本当に何の話?
「俺が最近、クレアと仲が良いのに嫉妬して、わざわざわざクレアの前で落ちたのか?あわよくばクレアの罪になるように」
正直私はメイリアじゃないからなんで落ちたのか分からないけれど、この人本当にハイスペックなヒーロー?
ポンコツの間違いじゃなくて?
「あの……あなたは私の婚約者ですよね?」
「……そうだ」
不承不承という顔で答える。
「それでしたら婚約者が階段から落ちたと聞いてなぜ大丈夫かの一つも言えないんですか?いや、もし私がわざと落ちたとしても貴方がそんな態度だからとは思わないんですか?」
「わざと落ちたんだから怪我もないに決まっているだろう。しかも、クレアとの仲を曲解するなど、お前は本当に……」
「いや……あの、クレア様のことを呼び捨てになさるのが普通なんでしょうか?それに私この3日間生死の境をさまよっていたんですが。それは国王陛下の前侍医だった方が証明してくださいます。見舞いにも来ない、手紙一つ寄越さない。……あなた本当に私の婚約者ですか?」
「……お前のことを心配もしていないのに、なぜ見舞う必要がある?……怪我のことさえなければいつでも婚約破棄できるのに……」
憎憎しげな瞳で私を睨みつける。
いやいや、ここ私室じゃありませんけど。人通りのある学園の廊下だと分かってる?
「……いや、そこまで言われるんでしたら、婚約解消でよろしいのでは?私も今回の件であなたにはほとほと愛想がつきました」
顔が良くても、性格がこんなに歪んでたら無理。
メイリアには悪いけど断固拒否。
「父上に何度も言ったさ!だが、男なら自分の行動に責任を取れの一点張りで聞き入れてもくれない」
いやいやいや。これほどあからさまに嫌ってるんだから、父親くらい説得しろよ。それができない間はせめて必要最低限の礼儀は保った上で話をしろよ。
思った以上のヒーローのクズっぷりにドン引きする。
そりゃあ、メイリアとの婚約話には同情の余地がある。
幼少期、たまたま出席していた王家主催の茶会で、たまたま居合わせた刺客に狙われ、たまたま隣に座っていたメイリアに庇われ、その結果メイリアは肩に生涯跡が残る傷を負い、王家が責任を感じて庇われたエリオットの婚約者に据えたのだ。これまた不運なことに、たまたま家柄も釣り合いがとれていたことから両家の話し合いもスムーズに進み、本来ならハイスペックで婚約者を選り取りみどりなところを、好きでもない女を婚約者にしなければなくなったのだ。
でも、メイリアは誠実にエリオットに尽くしていたはずだ。出しゃばらず、それでも将来夫になる人だからと定期的な手紙は欠かさずに送っていた。
それを嫌だ嫌だと子どものように駄々をこねつづける方がよっぽど問題有りだと思うが。本当に賢ければもっとスマートに婚約を解消するか、政略結婚と割り切れるはずなのだが。
何なんだろう。
聖女といい、婚約者といい、小説で描かれていた人物とは正反対に小者感満載である。これで父親の跡を継いで騎士団長になるの?すぐ他国に殺られてしまいそうじゃない?
「それでは、私の方からご相談してみます。お互いに不愉快になるだけなので今後はできるだけ関わらないということでお願いします」
私の方がハイスペックだから、騎士団長にも話を通そう。実の父の方が面倒そうだが、そっちはまた何か考えるとして、後は陛下だが……
お爺ちゃん先生!!
メイリアはやっぱりもっている!!先生に相談してみよう。
「また、何を馬鹿なことを言ってるんだ。俺ができないことをお前ごときができるはずがないだろう。……本当にお前と話をするとイライラする。……さっきお前が言った言葉をそっくりそのまま返そう。学園では、できる限り俺に近づくな。……失礼する」
そう捨て台詞を吐くと、そのままどこかに消えていった。