聖女は性悪
次の日、制服に着替えた私は一人で朝食を食べ、馬車に乗って学園へと向かった。
馬車は座席に揺れの軽減魔法が組み込まれた魔導具が備わっており、思った以上に揺れが少なく快適に乗ることができた。さすが侯爵家の馬車である。
それに魔導具!
電気やトイレなど至る所に魔導具が使われており、日本の生活とほぼ変わらないことが分かった。この魔導具の知識も勝手に頭に浮かんでくるのでありがたい。
さて、無事に学園に到着する。馬車から降りる私の姿を見て、さっそく噂話をする声が聞こえてきた。
「……メイリア様、いらっしゃってるわ」
「怪我は大したこと無かったのかしら」
「自分から落ちたと聞いたから、怪我をしないようにされていたのかも……」
ふむふむ。既にいろいろ分かってきた。
どうやらメイリアは自分から階段を落ちたと皆には認識されているらしい。ただ、これも真実は分からないから要注意ね。
ヒソヒソと話す声に耳を傾けながら、私は校舎に入った。校舎の間取りや自分のクラスの情報なども勝手に頭に浮かんでくるので本当に不自由さ0である。
教室に足を踏み入ると、一気に視線が私に集まる。そして不自然に会話が止まりシーンとした空気が流れた。
……どうやらこのクラスでもあまり歓迎されていないらしい。
黒板の日付を見ると、晴月10日。小説の中盤頃の日付なので、恐らく私は悪役令嬢としてクラスの皆には認識されているようだ。
誰からも声をかけられることなく自分の席につくと、カバンを机の中に入れた。
ま、良い方に考えたら私がメイリアじゃないとバレないから良いかも。それに芽衣だった頃もぼっちだったから、一人でいることは別に気にならないし。
そんなことを考えていると、華やかな集団が教室に入ってきた。
「ごきげんよう、クレア様」
「ごきげんよう」
私の時とは対照的に皆がこぞって声をかける。
ピンクの髪に虹色に輝く瞳、間違いない。あれがヒロインの聖女である。
私の姿を目でとらえると、わざわざ私の横に来て話しかけてきた。当然取り巻きたちも一緒にである。
「私の治癒魔法が効いたようで良かったです」
私に微笑みかけるが目は笑っていない。
「聖女様がわざわざ治癒魔法をかけるなど」
「普段から酷いことをされておりますのに」
「さすが聖女様、お優しいですわ」
……こいつ。
小説で読んでいる時も、ところどころで違和感を感じていたが、実物を見て実感した。
……聖女のくせに性格が悪い。
私のことを心配しているふりをして、全く心配などしておらず、むしろ自分の評価を上げるのに利用している。
こういうやつは相手にすればするほどつけあがるから必要最低限の関わりにするのが一番だけど。
「……ありがとうございます」
「……でも、びっくりしましたわ。私の目の前で突然飛び降りられたんですもの……何かお辛いことがあるならいつでも相談してくださいね」
思っている以上に粘着質。
あんたがペラペラ個人情報漏らしていることが一番迷惑なんですけど。
「本当にメイリア様って……だからエリオット様に愛想を尽かされるんですわ」
「いつまでも過去を持ち出して、エリオット様にすがらずに早く別れたらよろしいのに……」
取り巻きの令嬢達が蔑むような目で見てくる。
いやいやいや。お嬢さん達、自分の立場分かってる?
私腐っても侯爵令嬢ですよ。恐らくこのクラスで一番身分は高いと思いますけど。それに、婚約は王の名のもとに結ばれてるって分かってます?政略結婚なんてざらだと思うんですけど、それを否定するってことは貴族の在り方を否定するのと一緒だと思うんですが、あなた達平民になりたいんですか?
脳内で罵詈雑言を浴びせておき、現実は華麗にスルーする。
無表情で対応すると、言いたいことは言い終えたのかそのまま自分達の席へと戻った。
しかし、腹が立つ。
やられたらやり返すのが私のモットーである。
もう少し様子を見て、潰せるならプチッとやってしまおう。
さて、ヒロインに対面したから後は、ヒーローだ。
ま、婚約者が倒れても見舞いに来ないどころか手紙の一つ寄越さないような男、間違いなくクズに違いないけど。
ガラガラガラ
担任の先生が入ってくる。
「出席を取るぞ……」
授業に関してもメイリアのハイスペックな頭脳で楽々理解できる。
ちなみに休み時間も私に話しかける人は0でした。