交渉成立
「……少し確認させてほしい。確か君には王命により結ばれた婚約者がいたはずだが……」
ライオネルが困惑気味な表情を浮かべる。
「はい、確かにいます。ですが、恐らく本日中に解消されることになっています」
「それは確かなことなのか?」
「はい。そこが不安でしたら、私の婚約解消が決まり次第新たな婚約者となるという条件で構いません」
「それにしても良いのか?エリオット殿と私はライバル関係にあたる。俺の耳にする情報では正義感の強い真っ直ぐな男として評判は悪くないぞ」
エリオットが正義感の強い真っ直ぐな男?
ただ単に考え無しで、周りの状況を判断できず、自分の感情第一に動く、正義の意味を履き違えている勘違い野郎ですが。
「全く問題ありません。それにしても、ライオネル様はなぜエリオット様のライバルなんですか?」
全く釣り合いがとれていない。
「王太子殿下と歳が近くで身分の高い側近候補が俺とエリオット殿しかいないからな」
なるほど。ただ高い身分の同世代がいないだけか。
「では、契約書に記入を」
私は家で制作済みの契約書を取り出す。
1つ、この契約は結婚後3年有効である。
1つ、契約の間は互いの不利益になる行動は慎み、互
いを尊重すること。
1つ、万が一病気を治すことができなかった場合、契
約は3年を待たずに破棄できる。
1つ、この契約については第三者にしゃべらないこと
「……他に何か付け足す項目はありますか?」
「いや、俺は妹さえ治してもらえるなら特に必要ない」
「それでですね……大変申し訳ないのですが、契約期間は他に恋人を作るのは控えていただけるとありがたいのですが……」
二つ目の項目に引っかかるしね。これ以上婚約者に捨てられた女扱いされるのはまっぴらごめんである。
「当たり前だろう。婚約や結婚という契約をないがしろにする気はない。……つまり、エリオット殿は君をないがしろにしたのか?」
「……はい」
「……いや、それは大丈夫なのか?王命だろう?」
普通はそこに思い至りますよね。普通は。
「大丈夫かどうかは分かりませんが、とにかく今は聖女様に夢中で私の言うことは全く聞き入れてもらえません」
「そうか……以前聞いていた話と違うな……とにかく、俺は契約には責任を持つ。だから君にも契約には責任を持ってもらいたい」
こちらを鋭い瞳で睨みつける。
「分かりました。もし治る兆候もみられなければこちらの有責で破棄になっても構いません」
私も怯まずに見つめ返す。このままやられっぱなしは性に合わない。目にもの見せてやらないと。そのためには多少のリスクは承知の上である。
「……本当に妹が治ると信じていいんだな」
私はその言葉にこくりと頷いた。
小説のライオネル様は妹を助けるためそれこそ自分の楽しみも我慢して、ただひたすらに治療法を探していた。おそらく目の前にいる現実のライオネル様も同じように探されていたのだろう。私の無茶な提案にも無条件で頷くくらいに。
私のためでもあるけれど、うまくいけば小説のライオネルが成し遂げれなかった妹さんの命を救うことができる。お互いにWINWINな関係だと私は確信している。
「では、記入しよう」
ライオネルが契約書にサインする。
「はい」
その下に私もサインした。
これで契約成立である。
「契約書はライオネル様がお持ちください」
「分かった」
「この後妹さんに会って話をしたら、治療場所を私の家の別邸に移します。心配であれば、1人メイドとライオネル様自身も来ていてだいても構いません」
「妹と話をして決めても構わないか?」
「はい、大丈夫です」
確か、辺境伯は幼い頃に母君を亡くされて男手一つでライオネルと妹さんを育てていたはず。今は辺境伯領で領主の仕事をされており、学園生活のあるライオネル様と王都の方が治療法がみつかるかもしれないと、妹さんと二人でこの王都で生活している描写があった。
「では、妹に会わせよう」
小説では妹さんの描写はあまり出てこない。実際にどれだけ悪いのか……本当にアレルギーが原因なのか……不安は尽きないけれど、私の自由な未来を勝ち取るために今できることをするだけだ。
私はライオネルに続いて部屋を出た。




