2話 『機械と魔法』
アクアが黒いススや、油で汚れまみれの作業着で研究室から出てきたのはもう夕方になった時だった。
いつもは綺麗にまとめているポニーテルも、今では汚れて黒ずみ、ボサボサになっていた。
ふぅ、と一息つくと、アクアは軍手を外した。喉がカラカラだった。
アクアはそのまま更衣室に入ると、自分のロッカーからサイフを取り出す。そしてその中の小銭を取り出すと、更衣室に備え付いている自販機に小銭を押し込んだ。
ピッという電子音と共に、何個か並んでいるボタンのランプが赤く点る。その中からアクアは『炭酸!大豆レモン』を選ぶと、ボタンを押す。
ガシャンという音がし、アクアは自販機の取り出し口からペットボトルを取り出した。
ペキッとペットボトルのキャップを外すと、たまらずに飲み口に直接口を付けて一気に飲み始める。大豆でもレモンでもない良くわからない甘い酸味が、体にしみこむ様な感覚に襲われる。
「っかぁぁーー!んまっ!」
「あんた・・・毎回思うけどオヤジみたいよ、それ」
「おぉ!いたのかユウ!」
「さっきまで一緒に授業受けてたでしょう!?」
ユウと呼ばれた金髪の女性は呆れたようにアクアを見る。
ユウも、アクアと同じように汚れまみれの作業着を着ていた。
さっきまで機械の授業を受けていたのだ。
アクアとユウはその中で特に成績が良く、この学園内での独自の開発が許可されていた。そのことで、今の今まで機械の組み立てや設計で汚れまみれになってしまったのだ。
「それより、もうこのベタベタした感じ取り除きたいし、シャワーにいかない?」
「おお!私も早くシャワーに入りたいと思っていたところだ!」
アクアは元気にそう返事をすると、着替えを持ってシャワールームにユウと歩いていった。
アクアとユウは今、簡易型の飛行機械を作っている。
燃料を燃やし、人を乗せて浮くことの出来る飛行機械の設計は大型の飛行機械よりも難しく、細かな設計が必要だ。
アクアとユウはそれを教授などの力も借りてはいるが、ほぼ2人で作っている。
しかし、この大変な作業も、アクアとユウにとっては通過点に過ぎなかった。
2人の目標は、魔法を使える機械。
もちろん、こんな事を公に言った所で馬鹿にされることは必至だ。
それも、生き物でない、無機物である機械は精神というものがなく、魔法を使う際に最低限必要である精神レベルが存在しないからだ。・・・魔法と機械は相容れない存在なのである。
アクアとユウは、そこで人工的に精神を作ることが出来れば、世界初である魔法を使える機械を開発できると信じていた。
もちろん、そのための課題となる問題はたくさんあるのだが。
複雑な人間の精神を再現する。
それさえできれば、あるいは―――
シャワールームに白い水蒸気が溜まりはじめていた。
シャーというシャワー独特の水の流れる音が途切れることなく響いている。
アクアは自分の腰まである長く青い髪の毛を丹念にシャンプーで洗っていた。
設計や組み立ての際に付いた黒い油はそう簡単には落ちてくれないのだ。
ただゴシゴシと洗っても、髪を傷めるだけなので、丁寧に、優しく洗い流す。
「ねー、アクア」
「ん?どうかしたのか?」
不意に、ユウが話しかけてくる。洗い終わるには早すぎると言っても過言ではない時間だ。
シャワーを浴びている時に、アクアたちの会話はあまりない。
2人とも汚れきった体を洗うのに必死だからだ。
「今日は残念だったわねー」
「??何の話だ?」
面白そうなユウの声が響く。
アクアはあまりいい予感がしない。
アクアはキュッとシャワーの蛇口をひねった。
「今日の昼間ね、ルーハとリョウが剣の稽古してたらしいわよ」
「・・・それをどうして私に言う?」
「あら?見たくなかったのかしら?」
「ふむ、見たくないと言ったら嘘になるが・・・」
「そうよねー、あの2人の剣の腕は相当のものよ、特にルーハがね。そ・れ・に!」
わざとらしくユウは『それに』を強調する。
「あなたの愛しのリョウが戦ってるんだもの、これは見たいにぎゃああああああああああ!!」
色っぽいとは言いがたい声が響く。
アクアはポタポタと冷水の滴る桶を元の位置に置いた。
アクアは横の部屋にいるユウに、壁の上から冷水をかけたのだ。
「あまりふざけたことを言うと酷い事をするぞ、ユウ」
「もうしてるわよ!!風邪ひいたらどうする気なの!?」
「自業自得だ」
アクアはそれだけ言うと、シャワーの温水の蛇口をひねった。
「酷いことするわ…ひっくち!」
ユウのくしゃみに、アクアはふんと鼻をならした。
温度を上げてじゃばじゃばとシャワーを頭からかぶり続ける。
この温度なら、火照った顔をごまかせるかもしれない。