《攻防①》
無表情でも、家族にはなんとなくベアトリスの感情が伝わるらしい。
ナイジェルに金のインゴットの受け取りを拒否されすごすご家に帰ったベアトリスを、待っていた家族が慰めてくれた。
「だからやめておけと言ったでしょう」
「まぁまぁ。そう落ちこむことはないよベアトリス」
「それはそうね。貴女自身を拒絶されたわけではないのだから」
少々あきれ顔の母と、ひたすら優しく慰めてくれる父。そして――。
「姉様、元気だしてください!」
五つ年下の弟ルイスに可愛らしく励まされ、ベアトリスは思わずぎゅうぎゅうと抱きしめた。
この世でいちばん可愛い弟の励ましは、何よりベアトリスの心を慰めてくれる。
「相変わらずの仲の良さですね」
「ユリシーズ様。いらしていたのですか」
聖職者の中では誰より忙しいはずのユリシーズ・マニング枢機卿が、なぜか公爵家のタウンハウスにいた。
七年前、ベアトリスと神託を同時に受けた修道士見習いの青年は、いまや帝都の大司教を兼任する聖者様となった。それはすべて、神託を受けたベアトリスを補佐するためであり、彼はこれまでずっとベアトリスを傍で支えてくれた信頼できるパートナーだった。
「ユリシーズ様の助言通り金を用意したのに、受け取ってもらえませんでした」
「そんな恨めしそうに言わないでください。金はあって困るものではないと思って言ったのですが、そもそもロックハート伯爵家は裕福なので、そういった面で困ってはいませんでしたね」
「確かに……。では、私は何をすればいいのでしょう」
ベアトリスがずっとナイジェルに恩義を感じ、すべてが終わったあと彼に恩返ししたいと強く望んでいることを、ユリシーズには前々から話していた。
ベアトリスにとってユリシーズは、使命を果たすためのパートナーであり、女神に仕える仲間であり、色々と相談できる兄のような存在なのだ。
「そうですねぇ。お金に困っていないのなら、ナイジェル卿が本当に困っていることを調べてみては?」
「本当に困っていること?」
「ええ。それをベアトリス様が解決して差し上げれば、立派な恩返しになるでしょう」
新たな助言をもらったベアトリスは、早速ナイジェルの周辺調査を始めた。
ユリシーズも協力を惜しまないと言ってくれたので、これまで神託の為に動いてくれていた教会所属の調査員を動員し、どうやら騎士団の訓練中に困りごとがあるらしいと突き止めた。
さすがユリシーズは頼りになる、とベアトリスは恩返しの成功を確信し、内心小躍りするのだった。
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騎士団の詰め所の裏手には広大な訓練場があり、騎士たちは日々そこで鍛錬に励んでいる。
しかし最近は黄色い声援が飛び交うようになり、同僚の集中力が削がれがちなのがナイジェルは気になっていた。
(今日も見学者が多いな……)
騎士団の詰め所は通常、関係者以外は立ち入り禁止である。広い敷地を囲うのは低い柵と庭木のみで、外からいくらでも騎士たちの訓練を眺めることが可能な状態だ。
おかげで現在、将来有望な騎士たちを一目見ようと、もしくはお近づきになろうと、年頃の令嬢たちが柵の向こうにズラリと並ぶ事態となっていた。
「おい、手を振るな。集中しないと怪我をするぞ」
ナイジェルが、令嬢たちに向かって軽く手を振る同僚を諫めると、なぜかやれやれといった顔で肩を組まれた。
「お前も少しは愛想よくしたらいいじゃないか」
「そうですよナイジェル卿。あのご令嬢たち、ほとんどナイジェル卿目当てで来てるんですから」
「そんなわけがないだろう」
「あーあ。無自覚な色男はこれだから。いいか? お前は結婚適齢期にも関わらず婚約者がいない、数少ない騎士のひとりなんだ。しかも第二皇子の側近護衛の任に就く、出世が確約された優良物件だぞ?」
「つまりナイジェル卿は選びたい放題なんです! いないんですか? あの中で卿の好みに合うご令嬢は。卿が早く身を固めてくれれば、俺らにもチャンスが巡ってくるかもしれないんですよ!」
同僚や後輩にそんなことを言われ、ナイジェルは「知るか」と彼らを振り払った。
しかし周りを見れば先輩騎士たちも令嬢たちが気になっている様子で、騎士団全体の士気が落ちているのは間違いなかった。
(どうしたものか……)
ナイジェルがため息をついたとき、柵の向こうがにわかに騒がしくなった。
令嬢たちが先ほどまでの黄色い悲鳴とは違う、怯えた声を上げて何やら逃げ惑っている。
よく見ると軍馬以上に大きな重種の馬が何頭も、荷馬車を引いて次々並んでいる。一緒に現れた逞しい職人たちが、木材を降ろし何やら作業をし始めた。
「おい、あれ……ガルブレイス公爵令嬢じゃないか?」