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《当惑①》

 

 大宮殿での祝宴の翌日。

 騎士業務も休みのナイジェルは帝都のタウンハウスで昨夜の疲れをとっていたのだが、昼下がりに訪れた訪問者により、疲労を倍増させられる事態となった。



「何ですか……これは」



 ロビーに積み上げられたのは黄金色に輝く積み木――ではなく、正真正銘の金。金のインゴットが何かの祭壇のようにそびえ立っていた。

 ロックハート伯爵家に仕える執事やメイドたちが、金の山を目の前になすすべなく震えている。ナイジェルも一緒に震えたい気分だった。それでこの場がやり過ごせるのならば。



「こちらはほんの気持ちです。ナイジェル卿」



 感情の読めない声で答えたのは、上品なシルクのドレスを身に纏った淑女。

 昨夜、神託を授かった神のしもべであることが発覚した、ベアトリス・ガルブレイス公爵令嬢がそこにいた。喜怒哀楽の抜け落ちたスンとした顔でインゴットの山の前に立っている。



「き、気持ち、ですか」

「ええ。昨夜お約束したでしょう? ナイジェル卿に恩返しすると」



 恩返し。その言葉でナイジェルは宴の後の出来事を思い出した。



 ユリシーズ・マニング枢機卿が、本当に神託を授かったのはベアトリスであり、自分は立ち会ったおまけでしかないこと、神託の内容が国どころか世界の存亡をかけたものだったことを説明し、広間は騒然となった。

 数十年後、魔王が復活することは既に周知されていたが、実はその魔王に対抗する勇者の存在こそが、ベアトリスの授かった神託における重要事項だった。


 第二皇子と運命の乙女の子が、魔王を打ち倒すべく立ち上がる勇者となる。その為に、勇者の親となる第二皇子と運命の乙女、つまりミッシェルを心身ともに鍛えるよう、女神がベアトリスに使命を与えたというのだ。

 親の武術の才能や魔力量が子に遺伝することは既に判明している。未来の勇者をより強くする為に、生まれる前からまずその親を強くする。確かに理にかなっているが、なぜその役目を一介の公爵令嬢が受けなければならなかったのか。



『私は神童などと言われるくらい、生まれつき様々な部分で恵まれておりました。思えばそれはすべて、崇高な使命を果たす為に女神に与えられた力だったのでしょう』



 ベアトリスの告白に誰もが確かにと納得した。それくらい、ベアトリス・ガルブレイスには数多くの伝説がある。

 生まれてすぐに帝国公用語を理解し、生後半年で五大魔法を使いこなしたとか。一歳になる頃には真剣を振るい始め、三歳で十冊から成る聖書をそらんじたとか。五歳で帝国法を完璧に修め、七歳で領地経営に着手し始めたとか。十歳で帝国第二皇子と婚約した後は更に貴族令嬢として異彩を放ち、領地に氾濫しかけた魔物を単身で一掃した、等々。

 ベアトリスに関する信じがたい逸話は枚挙に暇がない。

 凡庸とは真逆の存在。それが帝国民の知るベアトリス・ガルブレイスだ。



『ベアトリス様は女神の意を叶えるべく悪役となり、今日まで殿下と運命の乙女を鍛えようと奮闘なされてきました』



 ユリシーズはその事情を教会と皇帝をはじめとした一部皇族が把握し、手助けしていたこと。子作りと勇者の成長を考え、神託の執行は卒業を期限としていたこと等を説明していった。

 聞きながら、セドリックとミッシェルは顔を赤くしたり青くしたりと忙しなかった。



『で、では……ベアトリスは私たちを憎んでいたわけではなく、鍛える為に殺そ――いや、敵となり立ちはだかったと……?』

『さすがに殺そうとしたことはございません。悪役に徹し、あなたがたを鍛えることが使命ですので、命を落とす手前のギリギリをいつも狙っておりました』



 そんな返答を平然とした顔のベアトリスにされ、セドリックはなんとも言えない微妙な表情でうなだれた。真相を知っても感謝の気持ちが湧いてこないようだった。


 その後ユリシーズはベアトリスの使命は果たされたが、セドリックやミッシェルは今後も未来の勇者の為に一層鍛錬に励んでもらわなければならないと言い、皇太子が指導を引き継ぐことを説明した。

 帝国騎士団総団長としてのマントを身に着けた皇太子が、騎士と魔術師たちを引きつれセドリックたちの前に立つと、とても良い笑顔でこう言い放った。



『私はベアトリス嬢ほど優しくはないぞ。死にたくなければ死ぬ気で強くなれ』

『兄上⁉ 私が死ぬと未来の勇者も生まれないのでは⁉』

『大丈夫だ。お前は最低、種さえ残せばいい』



 とても皇族とは思えぬ発言で弟を真っ白にさせた皇太子は、未来の勇者の両親を拘束すると高らかに笑いながら広間を去っていった。

 誰もがその光景にぼう然としていたが、ナイジェルはいつの間にか広間にベアトリスの姿がなくなっていることに気づき、慌てて外へ出た。



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