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《誓約②》

「ベアトリス様」



 もう一度、まるでこい願うように呼ばれては、もう振り返らずにいることは出来なかった。ドッキンコドッキンコと鳴っていた心臓の音が遠くに消える。

 振り返った先には、ベアトリスの記憶とは違う姿の相手が立っていた。



「ナイジェル、卿……?」



 いつも黒い騎士服をまとっていた黒紫の君と呼ばれる男は、いまそのイメージとは真逆の純白の騎士服を身にまとい、ベアトリスに微笑んでいた。とても、切なそうに。



「どうして、ナイジェル卿がここに……そのお姿は……」

「私はもう、帝国騎士ではありませんので」



 騎士を辞めた? 清廉で、実直で、誰よりも騎士にふさわしい精神と実力を兼ね備えたナイジェルが?

 混乱したベアトリスは助けを求めるようにナイジェルの後ろを見たが、いつの間にかユリシーズの姿は礼拝室から消えてしまっていた。



「それは、レヴァイン伯爵になられたからですか? 領地のために? ですが、爵位が上がれば騎士団の中でも階級が上がり、卿ほどの実力者なら将官に任ぜられると……」

「ええ。父にも、皇帝陛下にも止められました。しかし帝国以上に、どうしても忠誠を誓いたい方がいらっしゃいましたので。マニング枢機卿の協力を得てこうして聖都入りが叶いました」

「ユリシーズ様が……?」

「彼に借りを作るのは癪でしたが、優先すべきはただおひとり」



 そう言うと、ナイジェルはおもむろに胸元から小さな箱を取り出した。

 黒い天鵞絨張りのそれをベアトリスの目の前で開くと、中で静かに鎮座していた指輪が現れた。

 指輪の宝石の色は、雨上がりの夕闇の空。まるでナイジェルの瞳をそのまま映したかのような深く煌めく紫色をしている。

 さすがにベアトリスも自分の瞳の色の宝石を贈る意味を知らないわけではない。

 知らないわけではないが、信じられなかった。こんな瞬間は想像すらしたこともない。夢よりも夢のような光景だった。



「ずっと、お慕いしておりました。どうか私に、聖騎士として一生貴女をお守りする栄誉をお与えください。そして……」



 ナイジェルは跪いてベアトリスの手を取る。

 その手は震えていたが、もしかしたら震えているのはベアトリスの方だったかもしれない。



「貴女を愛し、貴女に愛される唯一にして最も幸福な権利をいただけますか?」



 そんな甘やかで切実な愛の告白に、ベアトリスの頭の中を様々な言葉が一瞬で駆け巡った。

 神殿に所属するということは、貴族の地位を捨てるということ。ナイジェルにそんな選択をさせてはいけない。

 将来の帝国騎士団を背負って立つはずだった、将来有望な騎士様を、教会でただひとりの女を守る為だけに縛り付けるなどもってのほかだ。

 せっかく和解することが出来た家族と再び溝が出来るような行為に賛同していいはずがない。

 けれどそんな理性と慣習で練り上げた言葉たちは、ナイジェルの情熱的な視線に跡形もなく溶かされてしまった。体の奥からこみ上げてくる、この息苦しいような熱の塊をなんと呼ぶのだったか。



「はい……喜んで」



 熱の欠片がほろりと押し出されるようにして頬をつたった瞬間、ナイジェルに強く抱きしめられていた。

 ナイジェルの夜の風のような匂いに包まれ、欠片が次々と体の外へと溶け出していく。



「ベアトリス様」

「はい……」

「貴女は涙も笑顔もとびきり美しい」



 そう言うと、涙に塗れるベアトリスの頬に口づけを落としてくる。


(ああ、私はいま泣きながら笑っているのね……)


 ナイジェルの腕の中で涙も笑顔も思い出し、ベアトリスはとても幸福な気持ちでナイジェルを抱きしめ返した。

 ナイジェルの色の指輪を誓いの薬指にはめてもらう瞬間も、その後も、幸福は恐ろしいくらいずっと続いた。

 あまりにもナイジェルが次々と口づけを降らせてくるが、視界の端に映った女神像にここが礼拝室だと思い出したベアトリスは我に返って少し抵抗した。



「い、いけません。私たちはまだ未婚の身で……」

「そうでしたね。でも……」



 離れようとすると、再びナイジェルに抱き寄せられた。

 そして彼がふわりと聖騎士のマントを広げ自分たちを覆い隠す。



「もう少しだけ。元、悪女なのでしょう?」

「……まぁ」



 いたずらっぽく囁いたナイジェルに、ベアトリスは目を丸くした。ふたり同時に笑い、見つめ合う。

 ステンドグラスの淡い光と双子女神の視線から遮られたマントの下で、悪いふたりはしばらくの間秘密の時間を楽しむのだった。

 






エンダァァァァ~!!!と元悪女と新聖騎士を祝福してくださった方はブクマ&★★★★★評価をぽちっと!(ご祝儀)

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