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《誓約①》

 


 教皇の退出を見送ると、側近選定の準備が整った知らせが届いた。

 もう少し休むか聞かれたが、ベアトリスは「行きましょう」と即答する。



「午後の予定もあるのでしょう? 遅らせるわけにはいきません」

「ベアトリス様は変わりませんねぇ。貴族から聖職者に変わっても真面目でいらっしゃる」

「またからかうつもりですか」

「いいえ? そういう貴女だからこそ、お支えしたくなるのですよ」



 そう言って笑うユリシーズに案内されたのは、大聖堂内にいくつかある礼拝室のひとつだった。

 主祭壇と比べると当然控えめな作りだが、至る所に花が飾られ、まるで婚姻式のように華やかな雰囲気だ。心なしか祭壇の双子女神も嬉しそうに微笑んで見える。

 奥の壁に飾られたステンドグラスには、生まれたばかりの初代勇者が女神に祝福を授けられる有名な場面が描かれていた。そこから差しこむ明かりは優しく揺らめいている。


 礼拝室にはすでに側仕えの修道女や補佐の助祭、護衛の神殿騎士が十五名ほどずらりと並んでいた。

 親より年嵩の者もいれば、ベアトリスと変わらない若者もいる。

 公爵家でも侍女やメイド、執事や護衛たちがいた。長年世話になった彼ら全員と別れを告げ聖都に来たが、これからは目の前にいる彼らに新たに世話になるらしい。


(貴族ではなくなったはずなのに、その辺りはあまり変わらないものね……)


 そんな虚しさを覚えたが、己の心の持ちようだと思い直し、ベアトリスは目の前の彼らの顔をしっかりと見つめた。



「側仕えマリア。前へ」



 ひとりひとり名前を呼び、跪く彼らの頭上で輝石のついた聖杖を振る。

 そのときほんの少し魔力をこめると、輝石から星屑のような光が彼らに降り注ぐ。これが聖者からの祝福だ。

 祝福の光が消えると選定が終了し、彼らは正式なベアトリスの側近となる。そこでようやく「身に余る光栄」や「誠心誠意お仕えいたします」などの挨拶を口にすることが可能となるのだ。

 中には「この命果てるまで聖者様の御為に尽くします。この肉体も、血の一滴まで貴女様のもの。心どころか魂さえも私を構築するすべてを聖者様に捧げます」などと狂気じみた宣言をする者もいた。

 割と恐怖だったので「間に合っています」と咄嗟にへんてこな断り方をしてしまった。誤魔化すために「……元、悪女ですので」と付け加えたが、聖都の人間には伝わらなかったようだ。

 しかし傍でユリシーズが笑顔を凍らせていたので、恐らく相手にはお説教が待っているだろう。


(何もかもを捧げるのなら、私ではなくて女神様にそうするべきよね)


 信仰すべきは女神。敬うべきは長たる教皇だ。

 側仕えを頼るのはほどほどに、模範となるべく己が率先して信徒のあるべき姿を見せていこう。

 手始めに禊ぎや入浴、着替えに食事と、平民であれば誰もがひとりでこなす日常生活のあれこれを始めてみよう。止められるだろうが、元悪女なので好き勝手するのはお手のものだ。


 祝福を授けられた者たちが順に礼拝室を出ていくと、再びユリシーズとふたりきりになる。



「お疲れ様でございました。いかがです? 彼らと上手くやっていけそうですか?」

「ええ。少し調教が必要な方もいらっしゃったようですが」

「問題ありませんよ。こちらで引き受けますので」



 良い笑顔で言ったユリシーズにベアトリスは思うところがあったが素直にうなずいておく。

 ユリシーズが調教するのだろうか。何となく、あまり見たい場面ではなさそうだ。

 調教と言えば帝都でベアトリスが手懐けたバイコーンだが、実は連れてきている。帝都に残したり野生に返すより、ベアトリスの傍に置いておくほうが安全だと、ユリシーズが上位聖職者たちを説得したらしい。

 魔物さえ浄化する聖者の力をアピールする形で、ベアトリスの神聖性を高めることに成功したと満足げに言っていた。ユリシーズは有言実行の男である。



「次は市街地でのパレードでしたね」

「ええ。その前に昼食を挟み少し休憩を……ああ、ちょうど準備が整ったようですね」



 礼拝室にノックの音が響き、ユリシーズが対応に向かう。

 その間にベアトリスは祭壇の双子女神を振り返った。

 ここで生きていく覚悟が出来たことを報告する。そしてもう気軽には会えないだろう帝都にいる家族やセドリックたち、そしてナイジェルが健やかに穏やかに暮らせることを祈った。


(彼らの幸せが私の幸せです)


 ユリシーズ曰く女神はベアトリスの今後の幸せを願ってくれていたようなので、こう言っておけばベアトリスの大切な人たちを守ってくれるかもしれないという下心だ。その下心も女神はお見通しかもしれないが。


(わたくし元、悪女ですから。お許しくださいませ)


 祈りながらそんな冗談を考えたとき、カツンとブーツの足音がした。




「ベアトリス様」




 低く滑らかな声に名前を呼ばれた瞬間、時が止まったように感じた。

 この場所にいるはずのない人の声だった。聞くだけで耳の奥を撫でられたようにうっとりしてしまう、彼の声。

 だが、そんなはずはない。だって彼は帝都にいて、今頃新しい爵位に付随する雑事や領地のことで忙しくしているはずなのだ。それなのに——……。




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