《懺悔①》
伯爵の語る過去は、乾いた悲しみを部屋に満たした。
誰も口を挟むことなく、伯爵たちに訪れた不運に耳を傾けていた。
「兄夫婦の訃報が届くまで、領地で感染症の対策に追われながらも、私は安堵していた。父がこのまま儚くなるのなら、これが父と和解し兄がロックハートを継ぐ最後のチャンスになる。父は兄の才能に期待していたから、必ず兄が家に戻ることを認めるだろうと確信していた。すべてが上手くいくと思いながら兄たちを送り出したんだ。それが最後になるとも知らず……」
後悔をたっぷりと滲ませたため息のあと、ロックハート伯爵はナイジェルに深く頭を下げた。
「すまない、ナイジェル。お前から実の両親を奪ったのは私だ。私のせいでふたりは死んだのだ」
「父上……」
ナイジェルは何か言おうとして、けれど言葉が見つからないのか口を閉じ俯いた。
戸惑い、傷ついているナイジェルの姿に、ベアトリスは自分の選択が本当に正しかったのだろうか考えた。
もっと他にやりようがあったのではないだろうか。あったのかもしれない。けれどベアトリスにはそれを見つけることが出来なかった。
「ふたりの事故後、しばらくして父が息を引き取り、結局私がこうして伯爵家を継ぐことになった。そのとき決めたのだ。ナイジェルを私たちの息子として育てると。幸い兄夫婦の存在を隠していたことと、パトリックが病弱で妻も家にこもりがちだったこともあり、ナイジェルを実子と周囲に思わせることは容易だった。ただ……」
伯爵は神妙な顔で黙ったままの実の息子、パトリックに視線を送る。
パトリックはそれをギクリとしたような顔で受け止め、僅かに背筋を伸ばした。
「パトリックはナイジェルのひとつ上。後継者問題が浮上するのは間違いない。だから本人たちに子どものうちから自覚してもらうことにした。ロックハート家を継ぐのは兄の子、ナイジェルであると」
パトリックは膝の上で握った手にギュッと力をこめた。
彼もまた、己の感情に名前をつけられず、戸惑っているように見えた。
「パトリックが可愛くなかったわけがない。しかし私たちには兄夫婦に対し強い罪悪感と多大なる恩がある。……これまで、ふたりにはつらい思いをさせた。すまなかった」
再び深く頭を下げた伯爵に、夫人も習い夫婦でふたりの息子に謝意を示した。
ナイジェルは動かない。先に口を開いたのはパトリックだった。
「わ、私は……自分に剣の才能がないことはわかっていました。ナイジェルにはそれがある。でも、長男は私だから……なぜ、といつも思っていました。もしかしたら、自分は父上たちの本当の子ではないのかもしれないとも」
「パトリック……」
伯爵が手を伸ばし、パトリックの手を包みこむように握る。
その姿はまさしく親子といった風で、本当によく似ていた。パトリックが成長すると、いまの伯爵そっくりになるのだろう。
「本当の子でないのは、私のほうでしたね……」
思わずといった風に呟いたナイジェル。悲しみか諦観か、本人すら測りかねているかのような表情に、ベアトリスの胸がギュウッと縮む。
ナイジェルの隣に伯爵夫人が移り、彼女もまたもうひとりの息子の手を握りしめた。
「いいえ、ナイジェル。あなたは私たちの子です。生まれたときからこれまで、そしてこれからも私たちの子です」
目を真っ赤にし、声を震わせて言った伯爵夫人は、夫を振り返り「ねぇ、あなた?」と同意を求める。
「……ああ。そうだな。ナイジェルもパトリックも、私たちの大事な子だ」
両親の言葉に、ナイジェルは右手で目元を覆った。
肩を震わせるナイジェルを、家族三人が囲み抱きしめる。
その様子を見ながら、ベアトリスとユリシーズはそっと部屋を後にした。
「良かったですねぇ」
「ええ。これでナイジェル卿の憂いは晴れたでしょう」
「それもですが、私が言っているのは貴女のことですよ、ベアトリス様」
ベアトリスの手を取り、ユリシーズは甲に自分の額をつけた。
「無事、ナイジェル卿への恩返しが済みましたこと、誠におめでとうございます」
「……ありがとう。ユリシーズ様の協力のおかげです」
「貴女を支えるのが私の使命ですから。それとも……私にも恩返しをされますか?」
ウィンクとともに冗談を言われ、ベアトリスは愉快な気持ちになった。
実際に表情筋が動くことはなかったが、笑い方を忘れていなければ声を立てて笑っていただろう。
「ユリシーズ様がお望みでしたら、やぶさかではありませんが?」
「これはこれは……貴女には敵いませんね」
ベアトリスの代わりにユリシーズが笑う。
ユリシーズのことは運命共同体だと思っていたが、彼の存在にいつも救われているのは事実。恩返しをするならば、徹底的にユリシーズについて調査し、今度こそ満足してもらえるものにしたい。
差し出された手を取り、エスコートされながらベアトリスは宮廷を出た。
遠くの空がじんわりと紫がかっている。幻想的な星空の色合いにナイジェルが思い浮かんだとき、背後から駆けてくる足音が聞こえてきた。




