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「元、悪女ですから。」~役目を終えた悪役令嬢の仁義なき恩返し~  作者: 糸四季


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《式典①》

 


 帝国第二皇子セドリックと運命の乙女ミッシェルの婚約式典の夜。

 迎えの馬車に乗りこもうとしたベアトリスは、中にいた予想外の人物の姿に目を見開いた。



「なぜ、あなたが……」



 中途半端にタラップを踏んだままのベアトリスに、黒紫の君、ナイジェル・ロックハートは小さく笑いながら手を差し出してくる。

 まるで悪戯が成功した少年のようなその表情に、ベアトリスの胸はドッキンコドッキンコと激しく高鳴った。なんて無垢でいて罪な笑顔だろうか。



「お手をどうぞ、ベアトリス様」



 シルクの手袋をした大きな手を、ベアトリスは無表情で、しかし内心恐る恐る緊張しながら取り、馬車に乗りこんだ。



「ユリシーズ様がいらっしゃるはずですが……」

「代わっていただきました。どうしても貴女をエスコートしたかったので」



 ナイジェルの真摯な表情を真正面で直視してしまったベアトリスは、その衝撃に気が遠くなりかけた。

 これは夢だろうか。夢だ、きっと。夢にちがいない。



「ご迷惑でしたか?」

「いいえ、そんなことは……。よろしく、お願いいたします」



 にこりと微笑むナイジェル卿の輝きを直視できず、ベアトリスは思わず俯いてしまう。

 なぜ前もってユリシーズも教えてくれなかったのだ。事前にわかっていればこんなに動揺してしまうこともなかったのに。

 動揺のどの字も見せない真顔の下で、ベアトリスはユリシーズの文句を並べた。



「今宵は……雰囲気が違いますね」



 ナイジェルの視線を感じ、ベアトリスは自分の格好を改めて見る。

 淡く黄みがかった白のロングドレスと祭服には、それぞれ金の刺繍が入っている。宝石の類はないが、繊細なレースと刺繍が見事で、パニエの膨らみがない分シルエットは細く上品だ。

 これまで悪役令嬢として絢爛豪華なボリュームのあるドレスを着用し、豪華な宝飾品で飾り立てていたベアトリスにとっては、特に重量感のなさに違和を覚える。



「ユリシーズ様が、神のしもべの衣装は教会が用意するとおっしゃって……。おかしいでしょうか」



 本来白のドレスは自身の婚礼時にしか着用しない。だが聖職者は別だ。ユリシーズは公的な場でベアトリスが教会側の人間であることを示したいのだろう。

 こちらのほうが、貴族たちからの無用な誘いを避けられてベアトリスも好都合ではあった。



「いいえ。なるほど……まるで女神が降臨されたかのようです」



 一瞬ナイジェルは何か言いたげな顔をしたが、すぐに微笑み誉め言葉をくれた。

 そのナイジェルの首元に、ベアトリスの贈ったジャボとピンが飾られていることに気づき、なんとも言えない気持ちが胸に広がる。

 馬車がもっとゆっくり走ってくれたらいいのにと、ベアトリスは無表情の裏でこっそり願った。



 *

 *



 大聖堂で婚約式は午前の内に執り行われ、夕方からは晩餐会が開かれていた。

 ベアトリスはそのどちらも出席を辞退していた。どうも席次に関し、色々と画策する者がいるようだったからだ。

 公爵家の長女として出席出来るのならば良かったのだが、ユリシーズはベアトリスを高位聖職者として皇族と対になる上座に置こうとしていたし、皇太子は正妃候補として傍に置こうとしていた。その報告を受け、迷わず欠席を決めたベアトリスである。


 主役であるセドリックとミッシェルより目立ってしまう事態になるのは絶対に避けたかった。

 しかしミッシェルから『せめてどちらか参加してもらえないか』と手紙が来て、席のない宴ならばと返事をしたところ、急遽晩餐会を早め舞踏会が最後に開かれることになったのだ。



「ガルブレイス公爵令嬢だ」



 宮殿の会場に足を踏み入れると、一斉に視線がこちらに集まった。

 いつものことなので気にはならないが、悪役令嬢を担っていたときとは視線の種類がかなり違うのを感じる。



「晩餐会ではお見掛けしなかったのに」

「白の祭服か……神秘的な美しさだな」

「ちょっと、どうしてナイジェル卿が一緒なの?」



 畏怖、羨望、そして僅かに残る猜疑。

 自分ではこれまであまり変化を感じられずにいたが、いま少しだけ元悪女から神のしもべになったことを実感した。



「申し訳ありません、ナイジェル卿」

「なぜ謝るのです?」

「私と一緒では気まずい思いをされるでしょう」



 ついナイジェルの腕をギュッと掴んでしまう。

 するとナイジェルは小さく笑い、ベアトリスの手にそっと手を重ねてきた。



「こんなに美しい貴女の隣に立つのに、目立たずにいられるわけがない。覚悟の上です」

「ナイジェル卿……」

「それよりも、貴女を誰よりも近くで見つめられる幸運が勝る」



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