《謝罪①》
「先日の非礼をお詫びいたします」
タウンハウスを訪ねてくるなり、そう言って深々と頭を下げたベアトリス。
ナイジェルはあまりの自己嫌悪に倒れたくなるのを必死で耐えた。こんなことになるのなら、もっと早くに自分から動いておくべきだった。
「おやめください、ベアトリス様。貴女が頭を下げる必要はありません」
「ですが……」
「私が出向き謝罪すべきでした。あの夜の非礼は私にあります。せっかくご招待いただいたのに、あのように辞してしまい申し訳ありませんでした」
しっかりと頭を下げ、誠心誠意謝罪をする。
しばらく無言だったベアトリスが「あの……ナイジェル卿」と少し言いにくそうに呼ぶので顔を上げると、氷結の姫君はやはり真顔のままだがわずかに視線を彷徨わせた。
「……もう、怒っていらっしゃいませんか?」
無表情であっても、ベアトリスの上目遣いには破壊力があった。
喉から「ぐぅっ」とおかしな声が出かけたが気合で飲みこむ。ナイジェルはギュッと収縮する胸を押さえ、なんとか頷いて返した。
「良かった。嫌われてしまったかと」
「それは……私のセリフです……」
お互い視線を合わせられず、気まずいようなくすぐったいような時間が流れた。
その後、もじもじとベアトリスが差し出したのは、丁寧にリボンがかけられた薄い箱だ。恩返し活動が復活したのかと思えば、詫びの品だと言う。
「そんな。受け取れません。私のほうこそお詫びしなければいけないのに」
「いいのです。受け取ってください。それと……あの夜いただいた花束、とても嬉しかったです」
晩餐会の夜、押し付けるようにして渡した花束はベアトリスをイメージしたものだった。
それに気付いてもらえたのかと舞い上がりそうになる。ここまで言われて受け取らないわけにはいかない。
「では……ありがたく」
断りを入れて中を確認すると、納まっていたのは控えめだが形が洗練されたシルクの黒いジャボと、紫のブローチだった。
自分が社交界で何と呼ばれているか、一応把握しているナイジェルは、予想外の方向からの衝撃に危うく卒倒しかけた。気合で踏み止まるが、すぐには言葉を発することが出来ない。
しかし伺うようなベアトリスの視線に気づき、表情を引き締める。ここでにやけるわけにはいかない。
「気に入っていただけるといいのですが」
「とても……素敵です。ありがとうございます、ベアトリス様」
ベアトリスは笑顔の代わりのようにこくりと頷いた。まるで幼子のような仕草が微笑ましい。
(もう言ってしまいたい。貴女が好きだと。ずっと好きだったのだと)
しかし、どうしても畏れの気持ちが先に立つ。相手は公爵令嬢で、自分は伯爵家の次男という身分差。そして女神の神託を受けた神のしもべという特別な存在なのだと、内なる声が制止をかける。
そんな声に抗って、白い頬に手を伸ばしてしまいかけたとき、邸の奥から父が現れ、ベアトリスを見て顔を輝かせた。
「これはこれは! ようこそお出でくださいましたベアトリス様」
丁寧に頭を下げた父は、にこりと人好きのする笑みを浮かべる。
「いや、神のしもべとお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「お邪魔しております、ロックハート伯爵。どうぞベアトリスと」
ドレスをつまみ優美な礼をとるベアトリスに見惚れかけたが、父の後ろから兄のパトリックも現れたことで、わずかにナイジェルは緊張する。
「では、ベアトリス様。息子に良くしていただいているようで、父として感謝申し上げます」
父に軽く背を叩かれ、ナイジェルは笑顔を作ったが内心は気まずかった。
父に悪気はない。欲が深いこともなく、誠実に領地運営に励む父を慕う人間も多い。家族のことも大切にしてくれる、尊敬する父だ。
ただ、取り分けナイジェルへの愛が強く感じてしまうのは、恐らく気のせいではない。兄の冷ややかな視線がその証拠だ。
「とんでもない。こちらこそ、ナイジェル卿にはこれまで本当に良くしていただきました。ご子息は誰より誠実で、気高く、素晴らしい方です」
「ベアトリス様にそのように言っていただけるとは。ナイジェルはロックハート家の誇りです」
大げさなほど感じ入ったように言う父に、ナイジェルは耐えられなくなる。
父も兄の気持ちには気づいているはずなのに、なぜわざわざ兄のいる前で自分を特別扱いするのか。




