《運命》
招待客たちが一斉に道を作るように左右に分かれ、そこを当然のように進み現れたのは、ベアトリスの婚約者、第二皇子セドリックだ。
皇族に多い蜂蜜色の濃い金髪を有する彼は、その髪がよく映える白の軍服を身に纏っている。そしてその傍らには可愛らしい桃色のドレスを着た、ピンクブロンドの少女がいた。
彼女が例の、ベアトリスから婚約者を奪った平民の娘、ミッシェルである。
以前は怯えた表情でセドリックの後ろに隠れていたミッシェルだが、いまでは隣に堂々と立ち、ベアトリスと正面から対峙するようになった。確かな実力に裏打ちされた自信が、その変化から伝わってくる。
「よくこの場に顔を出せたものだな、ベアトリス!」
ミッシェルの肩を抱きながら、嘲笑するセドリック。
それを見てベアトリスは少しあきれる。エスコートがなければベアトリスが欠席するとでも思ったのだろうか。これまで何度も公式の場でのエスコートを断られる度、ひとりで出席し続けたというのに。
「セドリック殿下。お言葉ですが、恥じるべきはあなたのほうです」
どう返そうか考えていると、なぜかナイジェルがベアトリスを守るように一歩前に出た。
己の側近護衛騎士の態度に、セドリックはあからさまに不愉快そうな顔をする。
「何だと、ナイジェル」
「公の、それも大宮殿での宴に婚約者ではない別の女性を伴い参加する皇子の、どこが立派なのですか」
「お前……私の護衛騎士のくせに、主が恥ずかしいと言うのか!」
「恥ずかしいというよりも、嘆かわしいですね。このような情けない主に仕えている自分を含めて」
「ナイジェル……!」
怒りに震えるセドリックの様子に、ベアトリスはそっとナイジェルの服の裾を引っ張った。
「おやめください、ナイジェル卿」
「いいえ、ガルブレイス公爵令嬢。主の道を正すのも騎士の務めですから」
毅然とした態度でセドリックを見据えるナイジェルの横顔はそれは凛々しく、周囲の令嬢たちから熱いため息がもれるのがわかった。
もちろんベアトリスの口からも同じ熱さの息がもれかけたが、気合で飲みこむ。
まったく、こんな至近距離でそんなにキリリとした顔を見せないでほしい。
「お前はいつもいつも、なぜベアトリスをかばう⁉ 悪魔のような女なのに!」
「なんてことを! 悪魔などと……撤回してください!」
「いいや、絶対に撤回しない! ベアトリスは、この女は、何度も私とミッシェルに危害を加えようとした! 魔法実技の授業では失敗を装いミッシェル火魔法を放ち、剣技の授業では模造剣を真剣にすり替え私を切ろうとし、野外実習では私たちの班に魔物をけしかけてきた! そんな恐ろしい女、悪魔と呼ばず何と言う⁉」
「それくらい、不貞を働く婚約者への仕置きとしては可愛いものでしょう!」
広間がシンと静まり返る。
第二皇子の告発に「公爵令嬢、そんなことしてたの?」と驚いた招待客たちは、続くナイジェルのお仕置き発言に「え? 可愛いレベルなの?」と更に驚き混乱した。
これはまずい、とベアトリスは周囲の様子に無表情の下で焦る。
何がまずいかと言えば、このまま『公爵令嬢はやり過ぎだが、もとはと言えば皇子の不貞が原因なので自業自得』という世論に落ち着いてしまうのが一番まずい。
ベアトリス・ガルブレイスとしてどう出るべきか、と思案した時、広間に皇帝が到着した。皇后と皇太子を連れて現れた帝国の主の姿を見て、誰より先にセドリックが動いた。
「父上! この場を借りて、お伝えしたきことがございます!」
そう言うと、セドリックはミッシェルの手を引いて皇帝一家の座る高座へと意気揚々と駆けだした。
いくら第二皇子とは言え、公の場でとんでもない無作法な行為である。しかし唯一セドリックを止められる皇帝は良い顔をしなかったものの、息子を諫めることなく成り行きを見守ることにしたようだ。
「私セドリックは学園で運命の出会いを果たしました! それが彼女、ミッシェルです!」
「……ほぅ? 運命か」
「ええ、運命です! 私はミッシェルに出会うために生まれてきたと確信しました! ですから、この日を持ってベアトリス・ガルブレイスとの婚約を破棄いたします!」
皇帝の目の前でなされた婚約破棄の宣言に、広間がどよめく。
「殿下……っ」
ナイジェルが苦悶の表情で剣の柄に手を伸ばすのが見えた。ベアトリスはそっとその手を抑えると、こちらを振り向いたナイジェルに首を振る。
一瞬、なぜと問うような顔をしたナイジェルだが、すぐに歯を食いしばり俯いた。
「私はミッシェルをこの上なく愛しています。しかしベアトリスとの間に愛はない! これまでのベアトリスの非道な行いを白日の下にし、私の決断が正しいことを証明してみせましょう!」
「セドリックよ。そなたはそれがたとえ困難な道であっても、己の信じた道をゆくというのか」
不自然なほど落ち着いた皇帝の問いかけに、セドリックは迷うことなくうなずいた。
「もちろんです! ミッシェルとふたりなら、困難などないに等しいのですから」
自信に満ちた顔で言い切るセドリックと、そんな彼に頬を紅潮させたミッシェルが見つめ合い、固く手を取りうなずき合う。
まるで演劇の一幕のようだが、これは現実。身分の差を越えて、運命に導かれたふたりが結ばれた瞬間なのだ。
(ついにこの時が来たのね……)
待ち望んだ光景に全身が震える。ベアトリスは高揚する気持ちを抑えながら、一歩前に出た。
「セドリック殿下。その言葉、七年お待ちしておりました」